■工業英語の穴
工業英語の穴(その4) 嶋野 周治

翻訳とは、近似値を求める作業のようなものだと思っています。

例えば、英語での殺し文句「I love you」を日本語にする時、文語調の「我、汝を愛す。」、 もっとも標準的な「私は、あなたを愛しています。」、ちょっとくだけて「俺は、おまえに、ほの字だよ。」などなど、 その告白がどんな場面か、誰が誰に言っているのか、などによって翻訳文のしっくり度が変わるわけです。
すべての場面に共通する唯一無二の正答はなく、言うならば場面に合った適切な文言(近似値)が求められることになります。

映画の字幕も、しゃべっている原文からかなり離れてはいるけれど、 妙に場面にピッタリ合って、うまい表現だなと感じ入る時があります。

工業英語の場合も事情は同じです。
原文の日本語は幾通りかの翻訳文ができるわけで、その中から無理やり一つを選択してクライアントに提供することになります。
従って、その選択(近似値の)に翻訳者のセンスが問われることになります。

さる本から引用して具体例を示してみましょう。

「容器に水を入れる」という例文です。結果として「容器に水が入っている」という内容です。

  1. Fill the vessel with water.
  2. I (should)fill the vessel with water.
  3. We (should)fill the vessel with water.
  4. You (should)fill the vessel with water.
  5. One (should)fill the vessel with water.
  6. The vessel shall be filled with water.
そして、上記の結果が、次文です。
  1. The vessel is(or should be)filled with water.
  2. The vessel was filled with water.

何の目的か、どういう場面かによって、表現方法・構成を変えており、場面への適切性の良し悪しが問題となります。
翻訳とは、正答のない、適切な「近似値」を求める果てしない作業(格闘)と言えるのではないでしょうか。
もっとも適切な「近似値」であれば、それが正答ということにはなりますが。


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