最近のように頻繁にコンクリートの脱落事故が起きると素人でもコンクリートの内部を知りたいという欲求にかられる。何事によらずその内部が分からないとなかなか本質がつかめないものである。最近では地震の発生なども、地殻内部の状態がかなりわかってきたので、合理的に説明できるようである。
液体や、固体でも簡単にばらばらにできる物の内部は、いまの科学技術をもってすれば明瞭に知ることができる。しかし固体の内部はいまでも明らかでないものが多い。
物の内部がありのままの状態で分かると如何にありがいたいかは、医療の進歩を見ると明かである。安永時代前野良沢,杉田玄白を中心にして西洋解剖書の訳本‘解体新書’が出るまで、わが国の医療は全く外部から観察するだけで手探りの状態であった。この本のおかげで人体の内部を考えて医療行為を行えるようになった。現在では、X線CT,MRI,超音波影像といった人体内部を三次元映像化できる装置が開発され医療は飛躍的に進歩した。X線CTを開発したCormack(米)とHousfield(英)がノーベル医学生理学賞を受賞したとき、多くの人がびっくりしたものである。それまでノーベル賞は科学の進歩に貢献したものに送られ、技術は対象にならなかった。X線CTの開発はその前例を破るほど偉大であった。
このような人体内部を映像化できる技術により、我々は計り知れないほどの恩恵を受けているが、現在の技術をもってしても、例えばヒトの頭の働きをそのまま知ることは生体実験でも出来ない限り不可能である。つい最近まで、ヒトの頭の神経細胞は生まれてから減り続けるだけで甦ることはないと考えられていた。しかしスウェーデンのサールグレンスカ大学病院のErikssonと米国ソーク生物学研究所のGageが、記憶と学習に関わっている脳の海馬で神経細胞が日常的に新生していることを発見した。詳しいことは省くとして、これは舌癌、咽頭癌に掛かり毎日ある薬を服用している末期患者5人に予め交渉し、死亡後直ちにその患者の脳を切り開いて発見したものである。MRIで脳の神経細胞がどんどん死んでいって、すかすかになっている状態は観ることができるが、最新の技術をもってしても、脳の神経細胞が新生するかどうかをヒトの死という特異な状態を利用しない限り観ることはできないのが現状である。
コンクリートの内部を非破壊で観ることは、脳の神経径細胞が新生するかどうかを観るのと同じ位難しいのかも知れない。しかし、例えばハンマーで叩いて人間がその音の変化から欠陥の有無を判断できるのだから、少なくともコンクリートの傷ついた部分を、もっと広範囲に迅速に計測できる非破壊検査法が開発される日が必ず到来すると考えてよかろう。このような装置の開発に取り組んでいる研究者がいると思うが、人数は少ないのではなかろうか。MRIは一台が数千万から一億円で販売できるし、その装置により莫大な収入を上げることができる。しかしコンクリートの診断装置は、事故が起きたときのことを考えると、それがいかに重要な装置であるかがわかるが、装置本体も、それによる診断行為も大きな収入はもたらさない。こんなところに問題の一部があるのかもしれない。
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