■亀の子コンクリート考
第九回:始めはみな自然に学ぶ 小林 映章

先にコンクリートの補強に使用される有機物を話題にしてみたが、減水剤やAE剤などの混和剤は、作用メカニズムも比較的明らかで、その内容を聞くと素人でも理解しやすいように思う。ここで興味を引くのはそれら混和剤の発展の歴史である。

紀元前にすでに石灰モルタルに豚脂を混ぜたらしく、またローマ時代には石灰ポゾランに牛血や牛脂、牛乳などを混和したらしいと言われている。筆者にはAE剤の歴史が興味深く感じられる。

1930年代に入って、アメリカでは自動車走行による舗装の破損が著しく、とくに北部地方の冬期の破損が大問題になっていたという。ところが偶然の機会にニューヨーク州で、ポルトランドセメント6に天然セメント1の割合で混合したセメントを使って打設したコンクリートが凍結融解に対して著しい耐久性を示すことが見出された。調査の結果、この天然セメントを製造する際に、粉砕助剤として脂肪酸や油類が使用されていることが明らかになり、これら油脂の類似物として、松脂などがテストされ、これが現在のAE剤を生み出す基となったという。

同じようなことが他の分野でも見うけられる。例えば、粘着テープの発展の歴史がそれである.粘着テープの歴史は古く、すでに2000年前にギリシャで天然物を利用した膏薬が使用されていた記録があるという。その後時が経ち、18世紀後半にドイツで松脂と蜜蝋を加えた粘着性の強い膏薬、いわゆる松脂硬膏なるものが作られた。これが日本でいう伴創膏の始めである。伴創膏はその後ドイツやアメリカを中心にして、各種天然物を混合することで改良が進み、さらに、松脂などを徹底的に分析して、エラストマー(室温でゴム弾性を示すポリマー)と低分子の樹脂および油を混ぜると粘着剤が出来ることを発見した3M社によりセロハンテープが発明されて、今日見るような粘着テープの基が築かれた。

コンクリートと粘着テープというように全く異質なものに使用されている重要な材料が共に松脂のようなありふれた天然物を基に開発されてきたことに感銘を覚えるものである。

自然に学ぶという点においては、戦後急速に発展した情報関連科学技術の研究開発に伴って、生物(特に動物)に学べということで一つの学問領域ともなった生体工学(Bionics あるいはBiomimetics)が思い出される。長い進化の歴史の上に立つ自然の優秀さは、ヒトの2足歩行を真似た2足歩行ロボットがロボット工学者の精力的な研究にもかかわらず未だ開発途上にあるのを見ても分かろう。


前のページへ目次のページへ次のページへ