■亀の子コンクリート考
第十一回:分解と合成 小林 映章

前回、物を理解するには内部を知る必要があることを述べたが、コンクリートの難しさの一つはその内部を調べる簡単な方法がないことである。鉄筋の有無をX線で調べたり、空洞や著しい亀裂の存在を外部からハンマーで叩いて調べることはできるが、もっと詳細に調べるとなると大きな壁にぶつかった感を受ける。

第2次大戦中にドイツで芽を吹いた合成高分子の技術が、戦後急速に発展した背景には優れた分析技術の開発があると思われるが、それにも増して、高分子合成に携わった科学技術者が合成したものを調べるのにいろいろな角度から、ときには分子をバラバラに切断するなどして調べ、そこで得られた知見に基づきさらに新しい方法で合成するという操作を繰り返したことがある。

壊しては作り、壊しては作りといったCrash & Build操作を繰り返して目標物に近づく方法は製造業の常套手段であった。我々の身辺にある家電品から現在の情報化社会を導いたコンピュータに至るまで、やってきたことは同じである。もっとも現在では、これでは時間とお金を余りにも浪費するため、コンピュータシミュレーションが著しく発達し、実際にモノを作って壊すといった方法は少なくなったが、それでも自動車の安全性のテストで完成品を壁にぶつけて壊して調べているように、Crash & Buildは有力な開発方法として採用されている。シミュレーションは考えられるあらゆる方法をコンピュータによって作り出し、出現するであろう結果を予測するもので、Crash & Buildをコンピュータが代行しているわけである。しかしコンピュータが代行できるのはコンピュータが働いてくれる糧になるデータを与えられる場合に限られることは言うまでもない。

コンクリートの場合はどうであろうか。いったん硬化したコンクリートをバラバラにして内部を調べる簡単な方法は存在しないし、コンピュータに巧く働いてくれるように詳細なデータを与えることもできない。構成成分が複雑で変動が大きく、内部で起きる化学反応も正確に把握できないし、場所による変動も大きい。現状技術は、阪神大震災に関連して高架橋の倒壊のメカニズムをコンピュータシミュレーションにより推測したような、マクロな状態で調べることができる段階である。コンクリートの状況を実際的に調べるには、いま行われているように、硬化したコンクリートから試験片を切り出して調べる方法が最良であろう。ただ、最近のトンネルなどのコンクリート破損をみると広い範囲でいろいろな現象が起きており、莫大な費用と労力を要するかも知れないが、調査密度やサンプリング数を増やさないと現状把握が困難なように思われる。化学の分野でも、例えば、大気汚染や水質汚染で問題になるコロイド物質や、我々が日常接している接着剤を調べるときには、一定したデータが得られないため、とにかく側定数を増やして、精度の悪さを数で補うことが一般に行われている。医療分野で、新薬の効き目や新治療法の妥当性を時間をかけて、疫学的に調べるのも本質は同じである。コンクリート構造物は巨大で、頑丈なため、数多く測定することが厄介なため、精度の悪さを数で補うような方法も採り難いかも知れないが。


前のページへ目次のページへ次のページへ