妻は私を早口だと言う。もちろん当人が自覚のないのは誰しも同じだろう。
人のことはよく分かるが、自分のことは分からないのが人間だ。
むかし、妻と見合いをした後、実家に呼ばれて義父にはじめて会った。私が辞したあと、義父は、私の言ったことがさっぱり分からなかったと言ったそうだ。言葉は通じぬが、だますような顔をしていないから、まあいいか、ということで所帯を持った。
上の娘が私の早口の遺伝子を受け継いだ。最近の若い娘も早口だが、娘は最速の部類だろう。米語を多少しゃべれるようになって留学から帰ってきたが、その米語も早口だ。どうも舌の回転は言葉を選ばずということらしい。
藤田まことの「はぐれ刑事純情派」というTVドラマが好きで、よく見ている。最近、中休みになっているのが残念だ。筋立ては毎回似たようなもので、藤田まこと演じる、くたびれた万年平刑事の人情おさばき捕り物帖だ。スナックママとのほんわか恋が色をそえる。ドラマのある毎週水曜日は、万難を排し一路帰宅を急ぐのである。
とにかく、藤田まことのしゃべりがいい。ゆったりと、低いがよく通る声で自然の調子だ。また、「間」が泣きたくなるほどいい。こんな風に言われたら、盗んでなくたって、盗みましたと言いそうだ。この自然体会話術は永い芸歴の積み重ねの上に成り立っているのだろう。至高のものは、巧緻を感じさせず素朴になるという例だろう。
藤田まことのしゃべりができたらいいなとドラマを見るたび思う。しゃべり過ぎはよくない、相手の話を聞いたあと、数秒「間」を置くのがコツだ、手振りはなるべく減らした方がいい、などとテクニックをいただこうと思うが、所詮、安浦刑事にはなれはしない。積み重ねがちがうのだ。
妻が、「顔と、鼻の下が長いところは藤田まことそっくりよ」とほめて(?)くれるのは喜んでいいのか悪いのか。
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