■私のコンクリート補修物語
第2部 アルカリ骨材反応 堀 孝廣

2.7 リチウムはアルカリ骨材反応を引起すか

 前節までで、アルカリ骨材反応がどのようなものであるかについては、ご理解いただけたものと思う。これからの話は始めの『私のコンクリート補修物語』に戻ろう。

 さて、中性化したコンクリートのアルカリ性回復に取組んでいた頃、フジタ工業の代々木のオフィスで、珪酸リチウムとセメントとの反応性について紹介していた際、純化学的な見地から、珪酸(シリカ)と水酸化カルシウムとのポゾラン反応と同時に、リチウムは骨材との間である種の反応を起こす可能性があるということを述べた。当時まだ、アルカリ骨材反応が殆ど知られていない状況の中での話だったが、これを聞いたフジタの研究者の方から、リチウムが骨材を犯すということであれば由々しき問題であるとの指摘を受けた。それから数年してアルカリ骨材反応が学会、雑誌などで取上げられるようになり、アルカリ付与とアルカリ骨材反応との関係をクリアにする必要に迫られた。そこで、当時一緒に研究していたS女史が試験をすることになったのだが、まだアルカリ骨材反応の試験方法そのものがオーソライズされておらず、日本のJISに相当するASTMの原文にあたる一方で反応性骨材の入手に苦労した。取敢えず、パイレックスガラスを使ったモルタルバーの試験を実施したところ、どうもリチウムをモルタル表面に含浸させると膨張が抑えられるらしいという結果が出てきた。また、岸谷教授が『リチウムはアルカリ骨材反応を抑制する』と言っていたという情報も入ってきて、詳細な文献調査をやってみると、アメリカで既に1952年にW.J.McCoyらによってリチウムには、アルカリ骨材反応を抑制する機能があると報告されていることが判明した。W.J.McCoyらは、手当たり次第にいろいろな化学物質を添加してモルタルバー法によるアルカリ骨材反応試験を実施して、その中で、リチウム化合物は特異的にアルカリ骨材反応による膨張抑制効果が高いということを見出していた。しかし、当時も今もリチウム化合物は高価であり、コンクリートに添加する薬剤として継続的に研究されることはなく、一部の識者の間で知られるに留まっていた。

 さて、これで取敢えずアルカリ付与剤としての珪酸リチウムがアルカリ骨材反応を喚起する心配はしなくても良いことがわかった。それでは、更に一歩進めて『コンクリート表面から含浸して、アルカリ骨材反応をを抑制することができないだろうか』という考えがでてきた。当時アルカリ骨材反応は、外部から水がかかる所で、膨張反応が起きているのだから、皮膚病に違いないという見方があった。また一方では、アルカリ骨材反応のメカニズムからすれば、アルカリ骨材反応はコンクリート内部においても進行している筈であり、コンクリートの癌(内部疾患)であるとの見方もあって、まだ誰もが良くわからないでいた。 アルカリ骨材反応が皮膚病であるとするなら、塗り薬で抑えられるのではないかと考えても不思議ではない状況にあった。

 さて、そこで各種の実験をしたのだが、モルタルバーに数mm含浸させたら効果があった。 断面が7.5×7.5cmのコンクリートバーに1~2cm含浸させたら効果があった。ここからがたいへんだった。 鉄筋コンクリートの場合には、アルカリ骨材反応が内部疾患であっても、鉄筋籠内部のコンクリートは鉄筋によってコンクリートの膨張は抑えられるだろう。とすれば、かぶりコンクリートだけの膨張を抑え込むのは、さほど難しくないと虫のいいことを考え、ある大手セメントメーカーの子会社と建設省建築研究所を巻込んで、大型部材による実験を始めた。40×40×80cmの供試体を約20個程造り、屋外暴露とガラスで覆った温室内で促進試験を始めた。供試体がここまで大きくなると、場所の移動から長さ変化の測定、ひび割れの測定まで小さな供試体とは比較にならない労力が要求された。総勢10名程で数年に及ぶ大規模実験になった。

 さて、この物理的実験と並行して、なぜリチウムがアルカリ骨材反応を抑制するのか。リチウム化合物としては何が適切なのか。含浸する方法はどうするかなど難しい問題がたくさんあった。まずリチウム化合物については、塩害対策としてリチウムの亜硝酸塩を検討していたので、亜硝酸リチウムを使うこととした。亜硝酸リチウムの詳細については、塩害対策の項でやや詳しく述べるつもりなのでここでは省略するが、高濃度の水溶液が得られること、鉄筋に対する防錆効果が期待できること、コンクリートへの浸透性にすぐれることなどの特性をもっている。アルカリ付与材としては、珪酸リチウムが使用されるが、珪酸リチウムはポリシリケートであり若干の粒子性を帯びているため、コンクリートへの浸透性に限界がある。亜硝酸リチウムは、水溶液中ではイオンとして挙動し、コンクリート内においても乾燥して固まることがなく、塩化物イオンと同様にイオンとして拡散していくといった特性を持っている。


前のページへ目次のページへ次のページへ