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■伊藤教授の土質力学講座
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第1章 地 盤
1.1 概 説
1.1.1 地盤の成因
土や地盤の力学および工学的な性質は、土質および地盤の性状によって変
化が激しい。従って、土質力学や基礎工学における問題の解決に際し、最も
根本的なことは、地盤の状態を知ることである。たとえば、構造物の基礎の
設計・施工において、まず計画に先立って気がかりになることは、その土地
の下部地盤がどのような状態になっているかである。地盤状態に関する主な
要件は、地層の配列順序や分布の状態、各地層を構成する土の物理・力学的
性質および地下水の状況などである。
地盤状態を知るには、現地でボ−リングなどの各種の方法によって調査す
るほか、付近で行われた既往の調査結果などの資料を参考にして比較検討す
ることもできるが、各地層の成因や生成年代などの地質的な知識を得ること
によって、地盤状態についての認識を一層確実にすることができる。
一般的に土という場合には、習慣的には粘土などの粒子の微細なものを意
味し、粒子のやや大きいものを砂、さらに大きくなるにしたがって、砂利あ
るいは礫、玉石および転石、最も大きいものを岩、岩がある広さにわたって
連続的に分布している場合に岩盤と称している。
土質力学や工学の分野では、後の土の粒度の項で述べるごとく、土粒子の
大きさによって、粘土、シルト、砂および礫を区分し、これを総称して土と
呼んでいる。
これに対して、地質学的には、堅さや固結の度合にかかわりなく、大地の
構成分をすべて岩石と呼ぶと定義している。
この定義に従って、大地の構成物を成因によって大別すると、火山岩、変
成岩および堆積岩の3種類に分類され、大部分が火成岩もしくは火成岩起源
の変成岩であるといわれているが、これは、地表から約20km程度の深さに
およぶ岩圏全体についていわれていることであり、基礎地盤の対象となるき
わめて浅い部分についていえば、その大半はむしろ堆積岩である。
堆積岩とは、既存の岩石の風化物、あるいは火山の噴出に伴う火山灰や軽
石などが、水や風によって運搬され堆積したもので、工学的にいう土とは、
一般に風化物や火山灰その他、生物の残骸である有機物などを含んだ堆積物
の固結していない状態のものを意味していると考えてよい。ただし、たとえ
ば阪神地方から中国地方の丘陵地には、火成岩である花崗岩などが地表に露
出し、その花崗岩などの表面が風化して破砕物がそのまま残留した残積土も
ある。このような土で構成されている地盤は、がいすい斜面を形成している
ことが多い。
堆積岩で構成された地盤には、ある時代ごとに堆積した砂層や粘土層など
堆積物の相違によって地層が形成されている。これは、母岩の種類、風化か
ら運搬および沈降、堆積にかけての地盤生成過程の条件、たとえば土粒子の
沈降に関しての流水速度あるいは風速と土粒子の大きさとの関係、また粘土
などの特に微小な粒子の場合には、水の化学的性質などとの関係等により、
沈降堆積する土粒子の大きさが自然にふるい分けされることによる。
ある場所の地形が今日の状態になるまでには、地殻の変動、あるいは侵食
風化、あるいは火山活動期の降灰や、氷河期の厳しい温度変化と海面の上昇
下降に伴う海進海退などに伴う幾多の変遷があった。したがって、ある場所
における土砂の運搬堆積に関する条件もある時期ごとに変化する。このよう
にして、地層が形成された。

1.1.2 地層の分類
地質学的な分類には、地層の成因や生成年代などによる分類法がある。地
層の分類に関して工学的に問題になることは、各層を構成する土が砂質か粘
土質かといった土質分類、有機物その他の含有物の種類および土の密度や堅
さ、さらに強度などに関する問題である。地層の土質を分ける要因は、地層
の生成環境のいかんである。
地質学上の区分の中で、最も大切な分類は、海成層と非海成層(陸成層)
の分類であるとされている。
海成層はいうまでもなく海底に堆積した地層であって、海深のいかんによ
って、深海域と浅海域およびその中間域の地層に区分されている。深海域後
層には、概して粘土が多く含まれ、浅海域の層には、比較的粗粒な砂質の土
が多く、有機物および無機物ともに陸地から運搬された物質が多く含まれて
いる。
非海成層としては、湖成層、沼沢成層および三角州成層などの分類がある。
わが国の大都市の多くは、河口近くに発達している。したがって、その下町
低地の表層の土は三角州の成層によるものが多く、一般にゆるい砂質土で覆
われている場合が多い。
以上は、海あるいは河などの流水によって運搬され、その底部に堆積して
できた地盤であるが、火山の噴出物が風で遠くに運搬され、堆積した風積土
もある。海岸や湖岸の近くで砂が風で吹き寄せられてできた砂丘も風積土の
一種である。
次に、地層の分類として、沖積層、洪積層および第三紀層などといった地
質時代による分類がある。地質時代とは、地球の表面に岩石からなる地殻が
形成されて以降の時代をいうと定義されており、通常の方法で解明されるの
は、およそ35億年前であるとされている。
地質時代の区分の方法としては、一般に下記の方法が利用されている。
1 放射性元素の崩壊現象を利用する方法。古い時代の区分には、毎年ヘリウ
ムを放出して鉛に変化していくウランなどが利用され、比較的新しいもの
には放射性炭素C14が利用されている。
2 二つ以上の地質現象の重なりと接触の関係から、それらの新旧の順序を区
分する方法。
3 地層中に含まれる生物化石や、洪積期末期以降の層についてはその他の発
掘物、その他の尺度を利用する。
ほぼ同一の土質によって構成されている地層であっても、一般にいって古
い時代のものほど、その層の上に新たに堆積した土の重さや、海退に伴う陸
化などによって、十分な圧密および圧縮されるほか、地殻変動などに伴う荷
重経歴が多いため、十分な先行荷重や化学的な作用を受けて安定化している。
地質時代のきわめて長い期間には、初めはゆるく柔らかく堆積した土砂が、
圧力や熱あるいは化学的な作用によって固結することもある。水成岩などが
その例である。
これに反して、地質時代の若い沖積層は一般に軟弱であり、圧縮性の大き
い沖積層の厚い地盤では、自然の地盤沈下などの障害を生じやすい。
図−1.1は東京山の手から下町にかけての地層断面の概要を示したもの
である。
山手および下町ともに三浦層群が基盤をなしている。この層は地質時代と
して第三紀層に分類され、土質は密実な砂もしくは砂礫の層もあるが、多く
はほぼ泥岩状に固結しており、土丹層と呼ばれている。
山手台地の表層は立川および武蔵野の関東ロ−ム層であって、古富士山の
噴火による火山灰が風にのって運ばれ堆積されたもので、立川ロ−ム層の時
代は表−1.1に示すヴェルム氷期末であり、上部には旧石器時代の文化遺
跡が残され、その表面の黒土には縄文式土器が含まれているといわれている。
また立川ロ−ム層時代は、気候も寒冷であったというが、現在とは地形も異
なり、現在の東京湾はなく、海岸線は現在よりはるか沖合にあって、現在の
下町あたりには幾すじもの深い谷が刻まれており、なかでも利根川の前身で
ある古東京川が、現在の大宮から川口そして江戸川区の荒川放水路付近を通
って、現在の東京湾の海底に達して、台地から数十メ−トル深い谷をつくっ
て南下していたと想像されている。

図−1.1 東京地盤図(東京地盤調査研究会「東京地盤図」より)
 
 
下町の厚い沖積層は軟弱であって、現在でも年間十数センチメ−トルの割
合で地盤沈下しているところもあるが、下町の沖積層は、洪積世末期の諸河
川による侵食や、現在の東京湾あたりを中心とした造盆地運動による低地化
に引き続いて生じた氷河後期の海面の上昇に伴う海進に伴って、その海底お
よび主に三角州に堆積した時代の若い柔らかい地盤である。
地層の成因に関しては、氷河期の結氷による海面降下と、融氷による海面
上昇とが有力な要素になっていることがわかる。洪積世の時代には、表−1.
1に示すごとく数度の氷河期が記録されているといわれ、東京周辺では、最
も新しいヴェルム氷期の後の海進によって、沖積層が生成され、それより一
時代前のリス氷期の後の海進によって、洪積層上部の東京層上部層が生成さ
れたという。なお、この時代の東京湾は現在の状態と異なり、むしろ現在の
鹿島灘に面して、現在の東京湾よりはるかに大きく、関東平野の全域を含む
拡大な湾であったといわれている。
下部東京層は、リス氷期とそれより前のミンデル氷期との間の屏風ケ浦海
進と呼ばれる海進によって生じたものと見られる。現在横浜市の屏風ケ浦あ
たりには、この時代に生成された地盤が、氷河期に陸化して固結するととも
に海岸の後退に伴って、するどく海食された崖面を形成している。
 
表−1.1 地質時代区分

図−1.2は、名古屋市および郊外地の地盤の模式断面を示している。市
の東部は東山、八事あるいは猪高の丘陵地であって、熱田から名古屋城付近
は熱田台地上に位置し、名古屋駅付近から南区および港区にかけては低地か
ら臨海地域である。

図−1.2 名古屋市 地形・地質の概念的断面図
(郷土地学教育研究会「愛知県とその周辺・地学案内」より)
図−1.3は大阪城がある上町台地の縁端から西方の海岸に向かって切っ
た大阪地盤の断面図である。大阪はJR大阪駅から中之島にかけての市の中
心部で軟弱な沖積層(梅田層)が厚く堆積している。洪積層(天満層)の密
実な砂礫層は、東京における東京礫層あるいは名古屋の熱田層などと同様に、
大きなビルの大半はこの礫層に達する杭あるいはピアなどによって支持され
ている。


           図−1.3 大阪地盤図
(日本建築学会近畿支部、土質工学会関西支部「大阪地盤図」より)

1.1.3 特種な地盤
わが国では、現在でも有数の火山国であり、国土の約80%が山や丘陵地
で地形がけわしい。したがって、地層の変化が激しいなどの特徴がある。ま
た、軽石や火山灰を含む土が多く、地盤調査報告書などに浮石混じりの凝灰
質粘土と記入されていることが多いが、浮石と軽石の風化した土に対して習
慣的に名づけられものであると思って差し支えない。
次に、わが国における工学的に特殊な地盤とみられる主な例をあげること
にする。
関東地方でよく庭土で使用される淡黄色で水分の多い一見して角張った小
礫とみられるが、指で容易に土粒子を押しつぶすことのできる鹿沼土は、こ
の軽石が完全に風化しきらない状態の土である。浮石層は東京山の手台地を
はじめ関東地方の丘陵台地にもよくみられ、圧縮性が大きいという特徴があ
る。
関東地方の山の手から丘陵地の地表を、数メ−トルの厚さで覆っている茶
ないし赤褐色の土を関東ロ−ムと呼んでいる。この土はロ−ムと呼ばれてい
るが、後に述べる粒度分析で分類されるロ−ムとは必ずしも一致しない、火
山灰土の例としては、典型的な土である関東ロ−ムは、一般の粘土と比較し
て含水比や間隙比の値が非常に大きく、標準貫入試験のN値が小さい。した
がって、物理的性質が悪く強度も小さいと思われるが、自然のままの状態で
は、強度は比較的大きく安定した洪積層地盤である。ただし、一度水で洗わ
れて再び堆積した2次堆積地盤、あるいは人工的な盛土は、強度が著しく低
下するなど、物理的性質にも工学的性質にも特異性が大きい。なお、わが国
では、関東地方だけではなく、北海道から九州各地にかけての洪積地盤の表
面には、激しい火山活動に伴う関東ロ−ム層と同種の土が広く分布している。
南九州鹿児島湾沿岸台地には奇妙な垂直崖の侵食面を形成している土があ
る。シラスという固有名詞で呼ばれ、その特殊性について研究されている。
シラスは灰白色の溶結凝灰岩もしくはその風化した土であって、南九州で
は台地部に厚さ数十メ−トルに及ぶシラス地盤がある。また、九州のみでは
なく、東北地方などの丘陵台地にもシラスに似た特異性を有する土があり、
これもシラスと呼ぶことがある。
なお、中国地方から阪神地方に分布する花崗岩の風化土であるまさ土も、
またわが国の特殊な土の一つにあげられる。
さらに、固有の特殊土ではないが、有機質の土というのは、動植物の遺体
の分解物である有機膠質を多量に含む土であって、物理的および化学的性質
に特徴があり、一般に圧縮性が大である。腐植土というのは、分解の不十分
な有機物を多量に含む土のことをいい、特に植物の残骸がほぼ原植物の繊維
を保ったまま自然に堆積した土を泥炭(ピ−ト)と呼んでいる。
 
*参考文献:南 和夫他、建築構造学 6 土質・基礎工学、鹿島出版

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