第4部では、コンクリート用防せい剤(混和剤)について、『お話し』を進めてきた。第5部では、この『お話し』の本題にもどして、防せい剤を用いたコンクリート補修に話を進めよう。
5-1 防せい剤による補修の試み
混和剤として、コンクリートの練混ぜ時に所定量の防せい剤を添加しておけば、海砂あるいは外部から侵入してきた塩化物イオンに対して、腐食抑制効果が高いことは知られていたが、1980年代の初頭には、海砂の使用、早強剤としての塩化カルシウムの使用、飛来塩分または融雪剤の散布などによって、既にコンクリート内に塩化物イオンが入ってしまっている場合の、鉄筋腐食防止対策が大きな課題となっていた。
当時の業界の考え方は、かぶり厚さをきちんと確保してあれば、塩分が多少入ったところで鉄筋はさびるものではない。さびが問題になるのは、部分的にかぶりがとれなかった部位や水比の高いコンクリートで中性化が進んでいる特異な物件に限られるというものであった。しかし、先見的な研究者は今後この問題が大きな社会問題にもなりかねないと指摘していた。というのは、塩化物イオンが混入してしまっているコンクリートに対しては、なんら有効な対策が見つかっていなかったからである。
その頃、私は珪酸リチウムを用いたコンクリート補修工法に携わっており、あちこちの物件調査に出向いたが、明らかに中性化とは異なった鉄筋腐食を起こしている物件に出会うことも多かった。珪酸リチウムではアルカリ付与はできても、塩化物イオンによる鉄筋腐食を防止できないことは明白だったので、そのような物件に遭遇すると『塩化物イオンが入っているコンクリートは、はつりとって除去して下さい。』とできないことを承知の上で、答弁するしか術がなかった。
当初から何とか防せい剤をコンクリート補修に使おうという考え方がなかったわけではない。沖縄の公立の学校で天井のコンクリートが剥がれ落ちたという事件があったときにも、『上階の床に防せい剤をダムのように溜めて浸透させたらどうか』というような話題が検討されたりしていたが、実行に移されることはなかった。アメリカのW.R.GRACE社では、高速道路の融雪剤による塩害の補修に、亜硝酸カルシウムを修復モルタル中に大量に添加することを考えていた。亜硝酸カルシウムはセメントにある量を超えて加えると、急激な発熱と硬化収縮を起こす特性を持っているので、GRACE社ではその緩衝剤として遅延剤と膨張剤を組み合わせたモルタルで補修する技術を開発した。この方法は、日本にも特許出願された。しかし、未だにこの技術が実用化されたという話は聞いていない。おそらく、このような化学反応を幾つか組合せて制御することは、実験室ならいざしらず現場では極めて難しかったのではないだろうか。現場では、温度、湿度、外界からの狭雑物などの種々雑多な環境要因の中で施工される。化学反応はこれらの外界要因によって影響されるため、その時の環境条件によって反応速度が異なってくる。従って、複雑な反応系のものは、たいがい現場ではうまくいかない。
アメリカの連邦道路局(FHWA)では、塩化物イオンを含んだスラブの補修工法として、鉄筋の位置を探査し、その鉄筋位置に合せて上部からダイヤモンドカッターでコンクリートに切込みをいれ、その切込みの中に亜硝酸カルシウム水溶液を溜めて、鉄筋位置まで浸透させる工法が鉄筋の腐食対策として有効であるという報告を出している。(LONG-TERM REHABILITATION OF SALT-CONTAMINATED BRIDGE DECKS NATIONAL COOPERATIVE HIGHWAY RESEARCH PROGRAM REPORT 257 APRIL 1983)
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