実際に高流動コンクリートを作成していくと様々な問題に遭遇しました、まず一番困ったのはコンクリート中にセメントの玉が出来ると言うことです。粉体量を上げてコンクリートを練るためにどうしてもミキサーに材料を投入する時間設定の変更では解決できませんでした。
高流動コンクリートをすべての製品に使用するためにこの当時研究会を発足しました。丸高社だけの技術では乗り越えられない壁があったのだと思います。
中村氏(日産化学工業)・吉田氏(日工電子工業)・ケミックス(北岡氏)・木下氏(昭和鋼機)・上田氏(日工)と丸高社で発足した会で月に一度の会を開催して諸問題を一つずつ解決していくといったつぶしの作業をおこないました。
その中からいくつかの特許(コンクリートの混練り方法や試験方法)がでた次第です。セメント玉については非常に固練りのコンクリートの状態から混和剤をミキサー内に噴霧して一気に水を加水し高流動コンクリートを作成するといった方法で解決しました。
ここまで出来上がった時に初めて同業者数社の方に可変勾配側溝での打ち込み実験と脱型確認までの一連の作業を見て頂いたことがありました。サイズは忘れてしまいましたが確か300×800位の可変勾配側溝を片側からの投入で反対側の打設高さの5㎝くらい低い状態のところまで一気に投入できる状況を見ていただいたのですが、当時はすごいインパクトがあったと思います。
ただなかなか実際に高流動コンクリートを日常の業務にすべて使用するというのに踏み込む迄には色々と悩んだ記憶があります。まず原材料のコストアップ、混練りを失敗したときの対応、作業環境に作業員が対応できるか等、心配したらきりがないという状態でした。
三重工場の製造課長と当日の朝3時まで二人で議論した末に、朝からすべて高流動コンクリートに切り替えました、この時の話になると今でも盛り上がるのですが、当時の僕らにすれば、「失敗すれば引き返せない道を歩む」という意識でしたからそれは真剣でした。高流動コンクリートにすべて切り替えてみると、多少の混乱はありましたが開発過程と比較すると、思った程苦労しなかったように思います。
「案ずるよりも産むがやすし」といいますがまさにその通りで、生産性のアップでコストアップも何となくグロスで考えるとクリア出来ていたのです。嘘みたいな話ですが当時普通生コンでの生産性から比べると1.5倍から2倍に上がったのです(製品の大型化という追い風があったという状況もありましたが)。
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