3.7 コンクリート桟橋
次にコンクリート中の鋼材の腐食に話しを進めよう。1980年頃コンクリート中の鋼材の中性化による腐食を研究している際に、塩化物イオンによる腐食がよく持込まれてきた。今から20年以上も前のことであり、塩害によるコンクリート中の鋼材の腐食といえば、海砂による腐食の問題及びそれに関する研究が殆どであった。私の勤めている日産化学工業では、海砂用の防錆剤の原料となる亜硝酸カルシウムを製造していた。したがって、塩害による鉄筋腐食には私自身は大いに関心があったが、そこに踏込むと抜差しならない気がして、仕事上ではできるだけ避けて通ろうと考えていた。コンクリート内に塩化物イオンが入ってしまったら、どう処理したところで腐食が止められるとは思えなかったからである。また、土木構造物ではかぶり厚さが大きいので、塩化物イオンがコンクリートにいくら入ろうが鉄筋はさびないと言われていた。当時は、『かぶりが5cmもあったら、鉄筋はさびないよ。』ということばを幾たびとなく聞かされていた。
そんな時、京葉コンビナートの一角にある関係会社のコンクリート桟橋がひどく傷んでいる。何とかならないだろうかという相談が持込まれてきた。1960年頃に造られた、鋼管の脚柱に支えられたコンクリート製スラブ桟橋で、10年ほど前から劣化が進み補修しても補修しても、2~3年で再発してしまうとのことであった。補修方法を聞くと、鉄筋腐食によるコンクリートの浮き部をはつり落とした後、エポキシモルタルで埋戻しているという当時エポキシ樹脂は、固まればコンクリート以上の強度が出て、接着力も無理に引っ張ればコンクリートの方が破断するという、高価だがもっとも信頼できる材料とみられていた。
とにかく実物を見ないと状況がわからないので、船を出して貰い桟橋の下面を調査した。
ここに載せた写真は数年後の工事の時に撮ったものなので、調査時とは少し異なっているが、それまで見ていた中性化による鉄筋腐食とは全く異次元のものであった。かぶりが7~10cmあった梁の下端筋がさび、鉄筋量が多く、かつかぶりがあるためその膨張圧がコンクリートの表面側ではなく鉄筋間でせん断方向に働き、梁の下面のコンクリート全体を浮かせてしまっていた。うかつに梁を診断用ハンマーで叩こうものなら、何トンという下面のコンクリート全体を剥落させ、その下敷きになりそうな恐怖感を覚えた。コンクリートの小片を取って、後日含有塩化物イオン量を測ると6kg/m3ほどであった。コアを抜いてきちんと調べないと正確なところはわからないが、コンクリート表面から7~8cmのところの鉄筋位置においても、4kg/m3程度の塩化物イオンが含まれているものと推定された。
桟橋の下を覗いて、意外だったことは海面からコンクリート面までは2m程度で、少し海がしけると波を直接かぶりそうな、また大潮の満潮時にはちょっとしたさざ波程度でも波があたりそうにもかかわらず、コンクリートが乾いていたことである。工事関係者に聞くと桟橋の下は、雨があたらず空気が流れていて、コンクリートが良く乾いている桟橋も多いという。たしかに海は風が通り、桟橋の下は雨に打たれないので、うなずける話ではある。この乾いたコンクリートに、時折波がバシャと当たるのだから、海水が"スー"とコンクリート内に吸込まれていく。塩水を使った乾湿繰返し試験をしているようなものである。これでは、塩化物イオンはふんだんに供給されるだろうし、コンクリートが乾いているので空気中からの酸素も充分にあり、鉄筋が腐食するのに何不自由ない条件にあるといっていい。こんな条件が揃っていては、かぶりが10cmあっても20cmあっても鉄筋は間違いなくさびる。
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