■私のコンクリート補修物語
第3部 塩害による鉄筋腐食 堀 孝廣

3.4 不動態膜

 前節で、金属表面は数nmの酸化物薄膜で覆われていると述べたが、この薄膜が金属を腐食から保護している場合を不動態膜という。アルミとかステンレスの表面も不動態膜で覆われている。不動態膜の構造は、未だきちんと解明されているわけではない。最近、走査型トンネル電子顕微鏡なるものが開発され、金属表面の原子レベルでの解析が可能になったという。きっと、近いうちに不動態膜の構造も解明されることだろう。

 ステンレスの場合には、クロムの酸化物がステンレスの表面を覆い、耐食性をもたせていると考えられている。鉄の場合は、酸化第二鉄マグヘマタイト(γ-Fe2O3)と言われている。これらの不動態膜は、数nmの厚みで透明であり、外観は金属光沢のままである。(薄過ぎて色が出ない)。

 金属鉄表面が、不動態膜で覆われていれば、腐食は進行しない。鉄の場合には、濃硝酸中に浸漬したり、強アルカリ溶液中に浸漬したりすると不動態膜が形成される。中性化していないコンクリート中では、セメントの水和により生成した水酸化カルシウムやNa+やK+などのアルカリイオンによって、pHが12以上に保たれており鉄筋の不動態膜は安定状態にある。しかし、塩化物イオンが侵入してきたり、中性化によりpHが低下してくると、不動態膜は溶解と再生の競合反応となり、更に塩化物イオン濃度が高くなったり、pHが低下すると不動態膜の溶解反応が勝り、鉄筋の腐食が始まる。この反応の詳細については、防錆剤の機構と併せて後述する。


3.5 水と腐食

 腐食には、水と酸素がなければならない。3.2節で紹介したチャンドラの鉄塔が1600年もの間、腐食が殆ど進行しなかったのは空気が乾燥しており、鉄表面に水膜が形成され難いためと考えられている。水膜の厚さと腐食速度の関係を以下にしめす。

 ここで、しめり大気とはわずかな表面結露を、ぬれ大気とは雨に濡れた状態を考えれば良い。さて、ここで濡れるということを考えて見よう。雨に濡れる、水に浸漬する、しぶきがかかる、結露するなどの目に見える濡れと毛管凝縮による濡れとがある。

 清浄な金属表面は、相対湿度が100%以上の過飽和の状態にならないと結露しないが、塩化物イオンなどで汚染されている場合には、《塩(NaCl)の飽和溶液の水蒸気圧は純水の76~77%であり、もし金属表面が塩で汚染されていれば、相対湿度77%以上では表面に飽和食塩水の層が形成される。 増子 昇著 日本規格協会『さびのおはなし』より》という。

 まず、結露について考えて見よう。結露がよく見られるのは、温度差の激しい春・秋の朝方である。また、低気圧が近づいてきて、南寄りの湿った風が吹き込んできたりするときにも多い。コンクリートが冷え込んでいる時に、湿度の高い空気が触れると、露点以下に冷やされそこで結露する。飽和状態における水蒸気の密度を以下に記す。

 20℃の湿度100%の空気が、冷たいコンクリートに触れて10℃に冷やされると、1mあたり17.29−9.40=7.89gの水が結露することがわかる。

 以前、谷あいのやや標高のある寺院のコンクリート製の柱が、朝方から正午近くまでびっしょり結露で濡れて、塗装仕上げに難渋したことがある。この例などは、夜間に冷やされたコンクリートに、日が昇り暖められた谷あいの水分をいっぱい含んだ空気が触れて、結露した例である。また、以前コンクリートの細孔溶液搾り出し装置がさびて、困ったことがある。搾り出し装置は、100 kgf/cm2 からの圧力に耐えるよう殆ど鉄の塊である。これを倉庫に保管していた所、出す度に真っ赤に表面がさびていた。これなども明らかに結露が影響していた。恒温恒湿室に移すことによって、錆が出なくなった。

 さて、次に毛管凝縮による濡れについて紹介しよう。 鉄筋を使った腐食試験を行う際に、鉄筋は丸鋼をサンドペーパーで丁寧に磨き、アセトンで脱脂して準備する。これをシリカゲルを入れたデシケーターの中に保管するのだが、うっかりティッシュペーパーに包んで、室内に数日放置したりすると、まだら模様に錆が出ていることがある。明らかに、ティッシュペーパーに直接触れていた部分だけがさびたようであった。この例などは、毛管凝縮による濡れの典型的な例であろう。毛管凝縮とは、液体の表面張力によって飽和蒸気圧以下の状態でありながら、毛細管中に水滴ができる現象である。相対湿度と水滴として凝縮する毛細管半径との関係は、下記の有名なケルビン方程式で示される。

 清浄な金属表面であれば、毛管凝縮は起こらないが、塵埃、錆などが付着していると毛管凝縮による水を媒介として腐食が進行することとなる。コンクリート中は、毛管だであるからpHが下がると、極めて腐食の進行しやすい条件となる。


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