■亀の子コンクリート考
第十六回:コンクリートをどこまで知ることができるか 小林 映章

前回までにコンクリートをよく知ることが非常に難しい、少なくとも筆者にとっては非常に難しいということを書きつらってきた。そこで、自分でも不毛な疑問だとは思うが、我々はコンクリートをどこまで知ることができるだろうかと考えてみた。

Wilkins、Watson、Crickらの研究で、生物の遺伝をつかさどるDNAの2重らせん構造が提唱され、それを契機に生物学の分野で、それまで主体であった分類学が分子生物学に置き換わり、日本でも物理、化学、生物を貫く学際的な生物物理学会が活発に活動していた頃、上智大学の押田勇教授が生物物理学会の懇談会で興味ある話題を提示された。

生物を含めて物質は複雑になるほど理解するのが困難になる。そこで物質の複雑さと我々のその物質に対する理解度とを考えてみたい。物質の複雑さの尺度Complexity Scaleを次のように定義すると、

Complexity Scale = log(Number of elemental particles)
elemental particles:電子、陽子、中性子等の素粒子
いろいろな物質のComplexity Scaleは次のようになる。

物質 Complexity Scale 物質 Complexity Scale
素粒子
原子核
原子  
(低)分子
高分子
0
0~2.4
0.3~2.6
0.6~4.2
4.2~
コロイド
ウィルス
ミトコンドリア
細菌
ヒト
4.2~6.2
7.8
10.4
12.1
28.7

当時(昭和50年頃)学会の理解は低重合度の高分子は何とか判るが、タンパク質のような高分子は殆ど判らない。増して生物と無生物の境界に位するウィルス以上になると理解困難と言うのが一致した見解であった。現在ではウィルスくらいまではかなり判ってきたと考えてもいいのではなかろうか。

ところでComplexity Scale 4.2の高分子はほぼ理解できて、それ以上は理解できないということになると、細菌やヒトは素粒子よりもっとマクロな単位、例えば、細胞膜、細胞内顆粒といったような単位にくくって、その総数の対数が4.2になる程度で考えると理解できるだろうということになる。

さて、コンクリートの場合はどうであろうか。上記のような考えをコンクリートに当てはめてみると、1m3のコンクリートのComplexity Scaleは30.3であるから、これをとことん判ろうとすることは無理ということになる。山陽新幹線の高架橋とトンネルを合わせたコンクリート構築物のComplexity Scaleがどのくらいの大きさになるかちょっと見積りができないが、その構築物をどの程度の粗さで調べられるかは、Complexity Scale=6~8程度の単位と考えてよいのではなかろうか。いずれにしてもComplexity Scale 28.7のヒトが28.7以上の複雑なものを完全に理解することは将来にわたって不可能といったら皆さんはどう言われるだろうか。


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