新幹線のトンネルでコンクリート片の脱落が起きると、建設省がJR各社にトンネルの総点検を指示した、というようなニュースがTVで報じられる。このニュースを耳にすると、コンクリート片が落ちるまで気づかなかったのはJRがきちんと点検をしていなかったからであるとJRを非難する人が現れる。
建設省の点検指示もJR非難の声もいずれももっともと思われるが、いまさらといった感がしないでもない。新幹線トンネル内でのコンクリート片脱落が報じられた頃出版された、小林一輔千葉工大教授の著書「コンクリートが危ない,岩波書店(1999)」でも指摘されているように、山陽新幹線高架橋が危ないとNHKが特別番組で流したのは1983年で、今回の事故が起きる15年以上前のことである。この間小林教授(当時は東大生研教授)をはじめとして多くの人が警告を発したが、事故が起きるまではこの種の警告は全く無視されてきた。無視したというよりも、建設に携わった人の多くも問題があるとは考えてもみなかったのではなかろうか。
さて、よく知られているように、コンクリート構造物の製造工程をみると、原材料からコンクリート打設工事に至る各段階は下記のように分業化されており、当時高度経済成長下で建設に携わったいた人達も他のことを考える余裕がなく、自分の仕事をしていたと思われる。
コンクリート構造物製造の分業体制
作業 |
場所
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担当者
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セメントの製造
骨材の製造
混和剤の製造
鉄筋製造
生コンの製造と運搬
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セメント工場
砕石プラント
化学工場
電炉工場
生コンプラント、タンクローリー
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セメントメーカー
砕石業者
化学品メーカー
電炉メーカー
生コン業者
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基礎工事
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現場
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基礎工事専門メーカー
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型枠工、鉄筋工
コンクリートの打ち込み
コンクリートの締め固め・養生
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現場
現場
現場
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下請建設業者
ポンプ圧送業者
下請建設業者
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ところで、現在はどうであろうか。各業種の人達が他の業種の内容をよく理解した上で仕事をしているとは思えない。みなが自分でやっていることは、そのやり方の良し悪しは別として、十分に判っていることと思うが、他のことがわかっている人が多くいるとは考え難い。業種間の連携、すなわち、業際的な取り組みが要望される所以である。
話は変わるが、優れた遺伝学者で、志半ばにして病に倒れ15年以上も原因不明でひどい苦しみを味わった柳沢桂子元三菱化成生命科学研究所主任研究員のことが思い出される。柳沢さんは2歳のとき重症の脳炎に掛かり、それがもとで脳の中枢に傷が生じ、青年期に入って腹部てんかんが発症するようになったとのことであるが、発症から15年以上にわたってそれが判らず、多数の著名な医師の診断を受けたが、気のせいということで片付けられ、言うに言えない苦しみを味わったという。これなど総合的に判断できる医師(団)がおらず、各医師がいずれも自分の専門に閉じこもって、あるいは専門家として判らないというのは沽券にかかわると思ってか自分の知識内で判断し、誤診を繰り返した好例といえる。複雑なコンクリートの状態も、それが構築された各ステップが判らないままにそれぞれが自分の専門分担によりかかって判断するととんでもない誤りを犯す恐れなしとしない。20世紀後半には、科学技術の進歩に伴い、学際的(interdisciplinary)な取り組みが多くなったが、コンクリート業界でも業際的な取り組みが望まれる。
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