寝がけにナイトキャップを飲らないと眠れないというひとがいる。
また、小難しい哲学書が睡眠へのいい小道具だというひともいる。寝つきのよしあしは個人差があり、ひとそれぞれなりに工夫をしているようだ。
わが妻は、寝つきのいい私を評して、悩みがないからと単純明快だが、その私も、ときどきなかなか眠りに入っていけないこともあるし、明け方近くに目が覚め、起床までの長い時間を持て余すこともある。
実は、私には睡眠に入るための秘密兵器がある。この10年ほど愛用しているものだ。それはラジオであって、寝床に入ってスウィッチをオンにする。FEN(米軍の極東放送)だ。ウィークデーは9時以降はニュースとか解説とか、やたら早い米語をしゃべっているのだ。
当初、英語の勉強という目的はあったのだが、眠くなった脳は機関銃のように早い米語についてはいけない。一所懸命に聞こうと思えば眠気が覚めてしまうことになる。そこで聞き流すことにしたら、これがまたいい睡眠薬になるのだ。
スウィッチを切るタイミングが難しい。うっかり切り忘れ、夜中にザーザーの雑音で起こされる失敗もたまにあるが、微妙なタイミングはもうマスターできていて、神業に近いと自負している。睡眠学習という都合のいい勉強法もあるようで、眠っているうち聞いている内容が記憶されるのだそうだ。ある日、目が覚めたら流暢な英語をしゃべっている、というような奇跡が起きたらと考えないでもないが、10年間実行していて、何も効果がないということは、この学説は明らかに間違いであろう。私にとってFENは睡眠誘導以外なんの効能もないのである。
レシーバーを挿入する耳を時々入れ換えるが、どうも右の耳の方が頻度が高いようで、こちらの聴覚の低下が、耳鼻咽喉科で指摘された。
妻は眠れないからと言って、寝がけに必ず小説を読む。明るいからそれに背を向けると、右耳でラジオを聞く形になってしまうのだ。布団の位置を左右換えればいいのだ考え、妻に言うと、位置が換わると、自分が眠れなくなると納得しない。
それ以来、妻が寝入ったあと、私は、そっと自分の布団に入り、後れて英語世界から眠りに至る習慣となっている。心優しき夫は眠るときまで妻を立てるのである。
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