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水の話
■水の話 ~化学の鉄人小林映章が「水」を斬る!~
4章 水の係わる反応 小林 映章

4.5 水中での化学反応—超臨界水中での化学反応—

(1) 化学反応の媒体
 化学反応は溶媒を用いて液相で行うのが一般的です。このため、化学反応を行わせるためには、反応基質をよく溶かす溶媒を使用します。有機物質を反応させるためにはたいがい有機溶媒を使用します。水に溶ける反応基質を用いるときには水を溶媒として使用します。セメントの硬化反応は一見固体が反応しているようにもみえますが、周知のように水に溶けた電解質などが反応(水和)して硬化します。硬化を中断させるには電解質などが溶けない有機溶媒、例えばアルコールで水を置換してやると反応は停止します。

 水はあらゆる液体中でいろいろな物質をいちばん溶かし易い液体で、多くの化学反応が水を媒体として行われています。例えば、私達になじみ深いところでは、酸−塩基反応、生体内で最も重要な酵素反応等々いくらでも挙げることができます。

 変わったところでは、近年水中での有機反応が関心を集めてきています。水中での有機反応が最初に注目されたのはDiels-Alder反応であると言われています。Diels-Alder反応というのは、共役二重結合をもつ化合物がオレフィン類と環状付加してシクロヘキセン骨格を形成する反応ですが、反応基質も生成物も有機溶媒に溶けるもので、通常は勿論有機溶媒中で行われています。この反応を水中で行うと、反応が加速されることが1980年に報告されています。

 最近は水に安定な反応剤の開発や界面活性剤の利用が広まって、水系での有機合成が盛んに研究されるようになってきました。水中で反応させると反応が加速されるとか、有機溶媒中ではみられなかった新しい反応が起きているなどの発見もあって、今後この分野は、水が溶媒として無害、安全で、しかも豊富に存在して安価であることが駆動力になって大きく発展することが予測されます。

 さて本節では、上記のような通常の水溶性基質の水中での反応や、日本でも研究が盛んになってきた水中での有機反応はさておいて、近年注目を集めるようになってきた「超臨界水(supercritical water)」中での化学反応を概観したいと思います。なお超臨界水を含めて、「超臨界流体(supercritical fluid)」については、近年、「佐古猛編著:超臨界流体:アグネ承風社(2001)」など多数の成書、論文が発表されています。本節はこれらの成書、論文を参考にしたものです。

(2)超臨界流体
(i) 超臨界流体とは
 まず、はじめに超臨界流体について簡単に記述します。物質は温度と圧力の条件により、一般に固体、液体、気体の3相をとります。このような物質の相変化を、物質の温度−圧力曲線を用いて図28に示しました。図のように、臨界圧力(Pc)と呼ばれる圧力以下では、物質は低温では固体又は液体の状態ですが、温度を上げると密度が低下して気体の状態に変わります。また、臨界温度(Tc)と呼ばれる温度以下では、低圧では気体状態、圧力を上げるに従って液体又は固体の状態に変わります。

 しかし、温度と圧力が共に臨界温度、臨界圧力を超えると、超臨界流体と呼ばれる状態になります。この流体は気体の数百倍の高密度をもった流体で、圧力をいくら高くしても液化せず、気体分子と同様の大きな運動エネルギーを持ち、しかも液体に匹敵する高い分子密度を備えています。

 超臨界流体とは、臨界点を幾分超えた流体を指すことが多いようです。超臨界流体は液体の性質と気体の性質を持った非常に濃厚な蒸気であると云うことができます。

(ii) 超臨界流体の特徴
 ここで超臨界流体について簡単にその特徴を概観します。表32に超臨界流体の物性値を、気体、液体と比較して示しました。

 超臨界流体の密度は液体の約1/5~液体並で、気体の数百倍の大きさです。一般に溶媒の密度が大きいほど物質を溶かす力が大きいので、超臨界流体は液体並の溶解力を持つことになります。

 また粘度は気体並、拡散係数は気体と液体の中間に位置しています。このことは超臨界流体が移動速度や細孔等への浸透性に優れていることを意味しています。

 後で詳しく述べる超臨界水の場合には、さらに誘電率やイオン積といった反応場の重要なパラメータが温度あるいは圧力により大幅に変わるといった特徴があります。

 超臨界流体はいずれも特異な性質を持っているため、どれをとっても研究的には興味がありますが、そのうちで環境に悪影響がない、化学的に安定、低価格等の点で、超臨界水、超臨界二酸化炭素、超臨界アルコール(メタノール、エタノール)、超臨界炭化水素(n-ペンタン、n-ヘキサン、イソブタン)などが注目を集めています。

 そのうち、最も応用研究が盛んな超臨界流体は、超臨界水、超臨界二酸化炭素、超臨界メタノールです。これら流体の臨界点物性および科学的特性を表33に示します。

(3) 超臨界水
 本節の主題である超臨界水は、超臨界流体の一般的な性質に加えて、誘電率やイオン積のような反応の場を規定する重要な因子が温度、圧力などの変化に伴って大幅に変化すると言う性質を備えています。

 水の誘電率(比誘電率)、イオン積、密度は通常水から超臨界水に変わると表34のように変化します。また、これらの値はさらに温度、圧力が変わると大きく変化します。

 表34のように、室温における水の誘電率は80に近い非常に大きな値で、そのために電解質等の無機物は水によく溶解しますが、有機物はほとんど溶解しません。しかしながら、水の温度を上げていくと誘電率は徐々に低下し、374℃の超臨界水では10程度と極性の小さな有機溶媒並みの値になります。さらに高温の超臨界水では無極性有機溶媒に近くなります。その結果、超臨界水では有機物はよく溶けるが、無機物はほとんど溶けないという、通常の水とは逆の現象が起きます。

 さらに、酸化剤を加えた超臨界水は、非常に激しい反応性をもっていることが知られています。酸化剤を含む超臨界水中ではほとんど全ての有機物が即座に分解されてしまいます。例えば、化学的に極めて安定で、オゾンホールの元凶とされているフロンでさえ、数分以内に完全に分解されて、二酸化炭素やハロゲン化水素などになってしまいます。

 例えば、  CCl2F2 + 2H2O → CO2 + 2HCl + 2HF

 超臨界水中では、高温の水蒸気並に高速で飛翔している水分子が、液体水に匹敵する高密度で次々と衝突するので、有機物は短時間でバラバラになってしまうわけです。酸化剤が存在する超臨界水中では、燃焼と呼んでもよいような高速の酸化反応が同時に進行することが分かっています。

 超臨界水中での反応の最大の特徴は、高密度、高温の場で、速やかに反応が進行するということにあります。簡単な計算をしてみましょう。

 超臨界点における水の密度は3.2×102 kg/m3(0.32g/cm3)ですから、仮に大気圧の気体(400℃で0.5 kg/m3程度)と超臨界水とに反応基質が同一モル分率で溶解しているとしますと、反応基質どうしの反応速度(2次反応速度)は、超臨界水中では大気圧下に比べて、その大きな密度が寄与して、

(3.2×102)2/0.52 = 4×105

 すなわち、約4×105倍になります。

 また、通常の有機溶媒反応は200℃以下の温度で行われることが多いのですが、これと水の臨界温度374℃における反応を比べてみますと、活性化エネルギーが100kJ/molの反応では、その速度定数が103倍にもなります。

【反応速度定数kと活性化エネルギーEの関係は、 k = Aexp(-E/RT)(但し、Rは気体定数、Aは反応に固有な定数)ですから、温度T1、T2の有機溶媒中と超臨界水中での反応速度定数をk1、k2とすると、両者の比k2/k1 は次のようになります。
 K2/k1 = exp(E/R)(1/T1-1/T2) = exp{(100×103/8.3)(1/473-1/647)} ≒ 103

 また、多くの反応系は通常均一系ではなく、例えば、水と触媒が別の相に存在し、相間の物質移動が反応律速になることがあります。しかし、超臨界相では水と有機物と酸素などが全て均一となり得るため、相間の物質移動が律速にはなりません。

 このように超臨界水を媒体とする反応は、反応速度面でも非常に有利であることが分かります。

 水はクラスターを形成し、また多くの系で水和物を作りますが、水のミクロな溶媒効果が反応にどのように影響するかはいまのところ十分には分かっていないようです。超臨界状態を形成している温度や圧力の変化に伴って、いろいろの溶媒効果が作用している可能性があります。

 次に超臨界水中での反応例を一般に関心が深い環境問題に関係するものから数例選んで示します。

(4) 超臨界水中での反応例
(ii) PCBの酸化分解
 PCB(polychlorinated biphenyl)は安定で、環境中に拡散してもいつまでも分解せず、食物連鎖を経て濃縮された形で人々の体内に入り奇形胎児を生じるなどの問題があり、現在も処理に困って大量に貯蔵されていますが、これも超臨界水中では速やかに分解されます。

 PCBとしてアルクロール1242(Monsanto製、3塩化ビフェニルが主成分)およびアルクロール1254(5塩化ビフェニルが主成分)の混合物を用いて、連続分解装置(処理能力28kg/d)で処理実験を行った結果が報告されています(安生、他:超臨界水酸化法によるPCBsの完全分解技術:環境管理,33 (8), 895(1997))。PCB原液をn-ヘキサンに溶かして0.1~7%の濃度の液を調製し、酸化剤として空気を使用し、反応温度650℃、圧力25MPaの超臨界水中での分解量を測定して表35に示す結果を得ています。

 表のように、超臨界水を媒体とすると高濃度(7%)のPCBであっても完全に分解されることが分かります。

(ii) ダイオキシンの酸化分解
 地球上で生成された最も毒性の強い化学物質と云われているダイオキシンの分解は極めて重要な課題です。

 焼却飛灰中のダイオキシンを400℃、30MPaで30分間バッチ分解(反応管容積20cm3)を行った結果が報告されています(T. Sako, et al. : Decomposition of Dioxins in Fly Ash with Supercritical Water Oxidation: J. Chem. Eng. Of Japan, 30 (4), 744(1997))。この実験では、酸化剤として大気圧の空気、5気圧の酸素ガス、0.02%の過酸化水素を用いています。その結果を表36 に示します。

 表によると、極めて難分解性のダイオキシンが、完全分解とはいかないまでも、30分でほぼ完全に分解されていることが分かります。特に酸化剤として過酸化水素を使用したときの分解率が高いことが示されています。

(iii) 廃プラスチックのリサイクル
 プラスチックの中でも、エーテル結合、エステル結合、酸アミド結合を持った縮合系ポリマーは、超臨界水中で容易に加水分解してモノマーを生じます。このようなプラスチックとして、一般に馴染み深いポリエチレンテレフタレート(PET)、ナイロン、ポリウレタン、ポリカーボネートなどがあります。

【縮合:官能基を持つ化合物から、水、アルコール、アンモニアなどの簡単な分子が脱落して新しい結合が生じることを縮合(condensation)、又は縮合反応と言います。縮合による高分子重合を縮合重合と言います。 縮合重合によって得られたポリマーの多くは加水分解により基質モノマーに分解できます。】 

 図29に縮合系ポリマーの加水分解反応を例示しました。

 縮合系ポリマー中でPETは最もモノマー化によるリサイクルの研究が進んでいるポリマーです。超臨界水中でのPETの加水分解速度は非常に速く、約2分で分解率が95%に達し、5分で100%になります。PETの分解で生じたテレフタール酸は回収出来ますが、エチレングリコールはテレフタール酸の触媒作用により二次的な反応が起きて収率が低くなっています。

 エチレングリコールは超臨界水中よりも250~300℃の亜臨界条件下の方が、反応は遅くなりますが、高い収率を示します。

 ナイロン6は300~400℃の亜臨界水から超臨界水中で加水分解され、引き続いて脱水環化し、モノマー原料であるε-カプロラクタムを生じます。超臨界条件の400℃では、反応は速いが二次分解により徐々にε-カプロラクタムの収率が低下します。

 ナイロン66はヘキサメチレンジアミンとアジピン酸として回収されます。

 図29には加水分解によりジアミンとポリオールに分解されるポリウレタンの例を示してあります。得られたモノマーは合成に再利用可能です。この加水分解は250℃の亜臨界域でほぼ完全に進行し、ジアミンとポリオールの回収率は270~320℃でほぼ100%に達します。さらに高温になると、ポリオールの二次分解とジアミンの脱アンモニアによるビフェニルの生成により収率が低下します。

 ポリカーボネートはビスフェノールAとホスゲンから製造されるポリマーですが、条件が良ければビスフェノールAは純度99.99%で回収されます。この分解は230~430℃の亜臨界から超臨界領域で行われます。

 上記のように、縮合重合ポリマーの加水分解によるモノマーの回収は、どちらかというと亜臨界水中で良好な結果が得られています。水の物性は既に亜臨界域で大きく変化するので、超臨界状態と共にこの領域の利用が有利な場合が多くあります。

 上記の他、有機ポリマー物質の超臨界水中でのリサイクルの研究は、セルロースなどを対象にした廃バイオマスや、スチレンブタジエンゴムや天然ゴムを対象にした廃タイヤのリサイクルについても行われ、これらについても技術的な可能性が確認されています。

 さて、超臨界水中での化学反応をほんのちょっと覗き見してきましたが、魅力的な反応が起きていることを理解していただけることと思います。ただ、誰もが持つ疑問として、高温・高圧という閉じられた環境下での反応が果たして工業的に成り立つだろうか、ということがあります。これについては、反応が非常に魅力的であれば、工業化は必ず実現すると言ってよいでしょう。

 かつて半導体の製造で、ホトエッチングによる微細加工が限界に達し、光の替わりにもっと波長の短い電子線を用いる技術が芽生えてきたとき、多くの人々が、光は開放系で照射出来るが電子線照射は閉じた系で行う必要があり、連続生産に適さないから駄目だと批判したことがあります。結果は高解像度を得るためには必須のものとして電子線描画が実用化されました。必要性が高ければ、それを実現する技術が必ず育つものと期待してよいでしょう。


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