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水の話
■水の話 ~化学の鉄人小林映章が「水」を斬る!~
3章 水資源 小林 映章

3.2 日本における水の使用と汚染

3.2.4 難分解性化学物質と水質汚染
—難分解性化学物質は放射性廃棄物と並んで地球の癌である—
 第2次大戦以降の化学の歴史をみると、有機化学分野のかなりの人々が化学的、微生物化学的、あるいは物理的に安定な物質を生み出すことに努力したように思われます。その結果多くの安定な化合物が合成されました。例えば、優れた油分の溶剤であり、洗浄剤であるトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどの塩素化物、熱交換媒体のフレオン、殺菌・殺虫剤のDDT(p,p'−ジクロロジフェニルトリクロロエタン)、BHC(ベンゼンヘキサクロリド)など、変圧器絶縁油のPCB(ポリ塩素化ビフェニル)、あるいは高分子のポリ塩化ビニル、ポリエチレンなど、その他枚挙に遑がないほどの新規化学物質が合成され、世に送り出されてきました。また、近年は人が意図しないダイオキシンなどという物質も発生しています。

(難分解性化学物質の問題点)
 さて、ここで云う難分解性化学物質とは、有機物質であって、自然の環境条件下では分解され難い化学物質のことです。つまり紫外線や微生物の作用によっては分解されない物質を指しています。勿論有機物ですから、高温では分解し、燃せばCO2やH2Oなどの無機物に変化してしまいます。

 難分解性化学物質は地球の自然環境下では分解しませんので、何時までも地球上に残留することになります。微生物分解を受けないということは、動物の体内に入っても消化液や消化酵素の作用を受けないことを意味しています。

 しかし、長い目で見ると事情が変わるかも知れません。どんな物質でも長年月自然界に曝されていると、それを消化(分解)する微生物が出現してくる可能性があります。ポリエチレンは微生物分解を受けない代表的なポリマーですが、紫外線の当たる水辺では微生物分解を受けるといった研究結果も報告されています。

 これから何千年、何万年経ったときにどうなるかは分かりませんが、50年や100年の間に上記のような難分解性化学物質が微生物などにより分解されるようになることはないでしょう。

 難分解性化学物質は、非常に安定なわけですから、使い方によっては私達の生活に役立つはずです。実際、ポリ塩化ビニルは土の中でも安定に存在するので、水道管や下水管として使われていますし、ポリエチレンやポリプロピレンは食品包装、その他広く利用されて生活必需品となっています。

 高分子物質と異なり、低分子の有機物質はそのままの状態で毒性を示すので厄介です。生体がそれを外からの侵入物(異物)と認識して排除すればよいのですが、安定で分解もしないということは、別の面からみると生体内の酵素や抗体が作用しないということで、どんどん体内に蓄積し、長期にわたって害を及ぼすことになります。

(水質汚染)
 先に日本ではトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンのような化学物質で汚染された地下水が増えていると書きましたが、多くの難分解性化学物質が水を汚染していることが知られています。難分解性化学物質のほとんどは疎水性で、水には溶解しません。したがって、水質汚染とは関係がないように思われますが、しかし水に難溶性といっても、全く溶けないわけではなく、ごくわずかは必ず溶けると云ってよいでしょう。それが食物連鎖により濃縮されて、頂点に立つ動物の体内には高濃度で蓄積されることになります。

 また、難分解性といっても程度は様々で、例えばドライクリーニングに広く使われているテトラクロロエチレンは安定な液体ですが、空気に接した状態で紫外線に当たると徐々に酸化されます。酸化物はもとのテトラクロロエチレンよりも水に溶けやすくなります。

 さらに、疎水性の難分解性化学物質がそのままでは水に溶けなくても、水中に流れ出した洗剤などの界面活性物質に合うとこれに包まれて水によく溶けるようになります。界面活性物質に取り囲まれたからといって難分解性でなくなったわけではなく、水の汚染性が変わるわけでもありません。

 こうみてくると、難分解性化学物質による水質汚染は、極少量でも問題で、河川や海を汚染したときの最大の恐ろしさは食物連鎖よる濃縮にあると云えます。

 放射性廃棄物は、すぐ放射能による白血病、奇形などを連想するので、聞いただけで何か恐怖感を覚えますが、土中や水中に広がった難分解性化学物質はそれと同等、あるいはもっと危険な存在と云えるかもしれません。


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