■私のコンクリート補修物語
第4部 防錆剤混和による鉄筋腐食対策 堀 孝廣

4-4 日本における防せい剤多量添加方法の開発−その1

 日産化学では海砂用防せい剤の需要がジリ貧となる中で、何とかしてアメリカ流の防せい剤の使用方法を日本にも導入しようと試みた。日本では、コンクリート用防せい剤は、建築用に使用されることが多かった。そこで、建築学会のトップであり防せい剤に対しての造詣も深い、当時東京大学建築学科の教授であった故岸谷先生に、アメリカでの防せい剤の使用状況及び実証実験等の話しを持込んだ。岸谷先生はアメリカで既に実績があるなら、日本でもやってみようじゃないかと素晴らしい指導力を発揮され、早速沖縄国際センターに適用してみようということになった。建設に携わるゼネコン、生コンメーカー、混和剤メーカーをを結集した塩害防止に関する研究委員会の中で実用化検討が行なわれることになった。各社の大変な努力の下に、日本で始めて防せい剤10リットル/m3という多量添加方式が試験施工とはいえ、実際の構造物に適用実施された。この間の検討内容については、『コンクリート工学』1986年8月号に記事が掲載され、表紙には国際センターの写真が掲載されている。

 ここまでは、故岸谷先生の指導力と実績主義により進展したが、日本でも防せい剤の多量添加が有効であることを実験的に実証する必要があった。そこで、当時建設省建築研究所無機材料研究室の室長であった友澤先生に指導を仰ぎ、1985年に(社)建築研究振興協会を介して「コンクリート混和剤による塩害防止研究委員会」を設置し、委員長に友澤先生、委員に当時住宅・都市整備公団の福士先生、建設省建築研究所無機材料研究室の桝田先生(現宇都宮大教授)、それから筆者を含む日産化学のメンバーを委員として、実証実験を開始した。

 実験は、第一段階ではフレッシュコンクリートに塩化物イオンと防錆剤(亜硝酸カルシウム水溶液)をそれぞれ高濃度に添加し、防せいに有効な亜硝酸イオンと塩化物イオンのモル比(NO2/Cl)について検討し、第二段階ではより現実的に防せい剤を多量添加したコンクリートに、塩水を浸漬・乾燥させコンクリート表面より塩化物イオンを浸透させ、腐食をどこまで抑えられるかについて検討した。試験体の製作は、当時の建築研究所の材料実験棟で現飛島建設技術研究所の田中氏指導の下に、真夏の暑いさ中、20℃のコンクリート試験室で、深夜に及ぶ大変な労力の中で行われた。防せい剤のみならず、塩も多量に添加されているので、フレッシュコンクリートの物性に与える影響も大きく、何度も練直し、配合検討が繰返された

 実験の概要、及び結果については建築学会大会講演梗概集1987年に報告し、さらに1990年のRILEMのシンポジュームにおいて発表している。
 それでは、実験1、実験2について個別に紹介しよう。

(1) 実験1
 日本では、コンクリート用防せい剤の使用は海砂用対策として開発が進められたため、効果の確認実験も比較的低添加レベルの実験に留まっていた。しかし、防せい剤多量添加方式が対象とするコンクリートは、海からの飛来塩分や融雪剤など、海砂からくる塩分とは比較にならないほど高濃度の塩分に曝されるコンクリートであった。このような条件下で、ほんとうに防せい剤が有効に寄与することを確認する必要があった。この実験以前から、多くの研究者によって防せい剤の効果確認実験が行なわれていたが、芳しくない結果も多く報告されていた。これらの多くは、防せい剤は3~4リットル/mという添加量レベルで海岸沿いに暴露されていたりした。当時はまだ亜硝酸イオンと塩化物イオンのモル比が、防せい効果を左右するという考え方が普及していなかった。とにかく一律に3~4リットル/m添加しておけば、どんな環境下でも防せいコンクリートができると考えられていた。

 防せい剤多量添加の実証実験では、亜硝酸イオン/塩化物イオンのモル比という考えをベースに実験を組み立てた。実験水準を以下の表に示す。実際には、更に高濃度の塩分レベルの試験体も製作したのだが、塩化物イオンと亜硝酸カルシウムの作用が相俟って凝結が早くなり、異常こわばりを起こしたので対象から除外した。

 水セメント比は、当時の建築物で一般的であった60%とし、20mmと50mmの2水準とした。腐食を促進するために、温度を60℃一定として2サイクル/週とする乾湿繰り返し試験を実施した。評価は、腐食の少ないものについては発せい面積率を、腐食の進んでいるものについては、腐食減量を測定した。試験結果を以下に示す。

 ひびわれ発生までの時間を表した表と、実験水準のモル比の表を見比べてみるとモル比が1以上では、ひびわれが発生していないことがわかる。

 塩分濃度が0.3%(塩化物イオン量4.2kg/m)の場合に、防せい剤無添加のコンクリートでは15サイクル以降急激に腐食が増大しているのに対して、防せい剤が添加されているコンクリート中の鉄筋の腐食は抑制されていることがわかる。

 塩分濃度が0.5%(塩化物イオン量7.0kg/m)の場合に、防せい剤無添加のコンクリートでは10サイクル以降に急激に腐食が増大している。この場合に防せい剤11.8リットルでは明らかに不足し、23.5リットルではひびわれは入ったが中の鉄筋の腐食は抑制されていることがわかった。

 尚、この実験では、ひびわれはかぶり厚さが20mmの鉄筋側に入ったが、腐食減量には20mmと50mmの間に顕著な差は認められなかった。


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