■私のコンクリート補修物語
第3部 塩害による鉄筋腐食 堀 孝廣

3.11 海水・飛来塩分による塩化物イオンの侵入

 海水、及び海水が風の力によって空気中に巻き上げられた海塩粒子が、海岸のコンクリート構造物に飛来し、塩害を起こすことは良く知られている。20数年前に私が鉄筋コンクリートの劣化現象について調査を始めた当時は、塩害といえば海洋・海岸構造物の鉄筋腐食を指していた。そして、これらの塩害対策といえば、塩分がコンクリート内に入っていようがいなかろうが、エポキシ樹脂塗装と相場が決まっていた。確かに、これら外部環境からの塩化物イオンは、コンクリート表面に塩化物イオンを通さない膜を貼ってしまえば、塩化物イオンの侵入を防ぐことができる。しかし、前にも触れたようにかぶり厚ささえ充分にとってあれば、塩化物イオンがいくらコンクリート中に入ろうが、中の鉄筋は腐食しないと考えられていたことや、また塗料などの仕上げ材の耐久性が充分ではなかったことから、殆どの海洋、海岸構造物は充分な対策がとられることがなかった。海辺のホテルなどはきれいに塗装されていたが、それは美粧性のためでコンクリート保護を目的としたものではなかった。今でこそ、コンクリートで造られた土木構造物が塗装されているのは珍しくないが、かってはほんのごく一部の構造物に限られていた。しかも、塩分を含んだまま表面に塗装が施されることも多く、塩化物イオンによる鉄筋腐食を助長させてさせていったのである。

 それでは次に、コンクリート内への塩化物イオンの侵入について話しを進めよう。

3.11.1 海水の影響を直接受けるコンクリート中の塩化物イオン量

 海洋構造物のコンクリート内への塩化物イオンの侵入を報告している文献は意外と少ない。その中で、神谷氏等の論文(海洋環境下に30年間暴露されたコンクリートの物理化学的評価 土木学会論文集 №592/V-39,131-145,1998.5)は塩化物イオンの侵入と併せて、セメント生成物の変化まで調査しているので、以下にその概要を紹介する。

 井筒は、海中部、感潮部に、PC桁は海上部に位置する。井筒の海中部、感潮部及びPC桁についてコアを採取し、塩化物イオンの分析と粉末X線回折法による組成分析をおこなっている。

 井筒表面の塩化物イオン量は、蓋、海中部ではコンクリートの0.7%(Cl:16kg/m3)、感潮部で0.4%(Cl:9kg/m3)に達している。5cm内部でも蓋、海中部で0.4%(Cl:9kg/m3)感潮部で0.3%(Cl:6kg/m3)と極めて高い塩化物イオン濃度を示している。一般に、感潮部がもっとも塩化物イオン濃度が高くなると言われているが、このケースではそうはなっていない。PC桁ではばらつきがあるが、、B桁では桁幅が20cmなので、両サイドから塩化物イオンが侵入し中央部まで高い(最大4kg/m3)濃度となっている。この論文では、鉄筋腐食との関係が触れられていないが、この濃度では、鉄筋も相当に腐食が進行していたものと思われる。

 図5、図6の左側のグラフは、AFt〔エトリンガイト(C3A・3CaSO4・30~32H2O)〕とAFm〔モノサルフェート(C3A・CaSO4・10~12H2O)〕の変化を中央のグラフはこれらが塩化物イオンと反応してできるフリーデル氏塩(C3A・CaCl2・10H2O)の濃度を表している。また、右側のグラフは水酸化カルシウムの変化を表している。これらはいずれも、X線回折による回折強度のデータなので、組成比をストレートに表しているわけではないが(結晶性によって回折強度が異なる)、おおよその傾向をみることができる。

 フリーデル氏塩についtの詳しい説明は別な章で触れるつもりなので、ここでは起きている現象について簡単に説明しよう。海水中には、硫酸イオン(SO42−)が多量に存在するので、コンクリートが海水の影響を強く受ける程、硫酸イオンとカルシウムが結びついた石膏(CaSO4)が生成する。石膏は、セメント中のカルシウムアルミネートと反応してエトリンガイトを生成する。フリーデル氏塩は、このエトリンガイトの硫酸分が塩化物イオンに置き換わったもので、ある一定量までは塩化物イオンの侵入が多くなるほど生成量も多くなる。但し、エトリンガイトやフリーデル氏塩は炭酸ガスの影響を受けると容易に分解し、コンクリート表層部での濃度は低くなる。水酸化カルシウム濃度は、炭酸ガスによる中性化の影響と、水に対する溶解度が大きいので水の影響を受ける。これらの化学成分の変化を調べることによって、間接的に海水の影響がどの程度まで及んでいるのかを知ることができる。この調査例では、図5の井筒部は高炉セメントA種が、図6のPC桁では早強セメントが使われているので、井筒部とPC桁部の比較はできない。

 本報文によるセメント組成物の変化から言えることは、海洋環境下に30年も暴露されると、コンクリート内10cmまで塩化物イオンを初めとした影響が及ぶことを示しており、土木構造物で、鉄筋のかぶり厚さが10cmあるからといって決して安心できるものではないことを示唆している。


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