■亀の子コンクリート考
第四十二回:柳に風 小林 映章

「柔能く剛を制す」という諺がある。「北風と太陽」の童話がある。硬くて丈夫なコンクリートは如何にも強そうである。このコンクリートも曲げたり伸ばしたりということになると、簡単に爪跡が残るようなプラスチックにはかなわない。太くて丈夫な松の木も台風に遭うと、いとも簡単に枝が折れたり、根こそぎ倒れたりしてしまうが、細くてなよなよとした柳の木が台風により根こそぎ倒れたという話は聞かない。

近年建設分野で注目されるものに、40階建て、50階建ての高層建築物がある。世界でも有数の地震国であり、関東大震災で10万人を超える死者、行方不明者を出した地域に高層建築物が林立している様子を眺めると、わが国の建築技術の高さに驚きを禁じえない。近年の高層建築には柔構造が採用されているそうであるが、剛直に見えるコンクリート建造物に、風になびく柳のような柔軟性を持たせた技術はまさに世界一流である。

剛にこだわって手痛い損害を受けた例は枚挙にいとまがない。日本海軍が大艦巨砲主義を貫いて、莫大な国費をつぎ込んで建設した戦艦大和、武蔵がほとんど戦うことなく沈没してしまった例は極めて教訓的である。最近ロシアの巨大な潜水艦が沈没して多数の尊い命が奪われた。戦艦武蔵の沈没に似ているように思えてくる。また、近年、大手の銀行やデパートなどの巨大企業が膨張に膨張を重ねたすえに、倒産に追い込まれたのも剛にこだわったものと同類である。建設分野も目立つ。

建設工事にも剛に走り過ぎたものが多数あるように思える。その一つが河川の護岸工事である。河川の氾濫、崩壊を防ぐためにコンクリートで護岸工事を行ってきたがこれは至極当然である。耐久性に優れた工事ということになるとコンクリート以外にはあり得ない。しかしこのような工事が地域住民の反対を受けたのはなぜだろうか。そこには剛だけが目立って柔が欠けていたからである。多摩川の支流に南浅川というのがあるが、その護岸工事を見るとこれでは住民の賛同を受けられないということが実感される。この川は水量がそれほど多くなく台風が直撃したときでも溢れるようなことはないが、その川が長い直線部分でも頑丈なコンクリートで完全に固められている。ここなら子供達が川遊びするのにいいなと思われる場所も、コンクリート壁に遮られて水辺に降りることもできない。柔が抜けている所以である。

環境を大切にという声に応えて、コンクリート護岸工事は止めて自然を活かした工事をしようということで、あたかもコンクリート工事が悪であるかのようなことを唱えたことが一時あったが、これなどは、今度は逆に竹槍でB29に立ち向かうようなもので、滑稽である。甲府盆地の中心を流れる釜無川の氾濫を防ぐために武田信玄が築いた信玄堰の跡を見たが、信玄がいまあの工事をするとしたら多分コンクリート工事を実施したに違いない。それも水が激しく打ち当たる場所を徹底的に頑丈にし、他は川の流れを尊重した工事をしたろうと思う。

次回、治山・治水について引き続き考えてみたい。


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