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■デイリーインプレッション:バックナンバー 2000/06/21〜2000/06/30
2000年06月[ /21日 /22日 /23日 /26日 /27日 /28日 /29日 /30日 ]

2000年06月21日(水)

わが家の前の緑地に、犬猫が公衆トイレを設けたことはご報告した。
それらしい個所を小枝の垣根で囲うという荒療治をしたこともご承知のはずだ。
しかるに、娘たちが台風一過のごとく去って以来、またあの匂いがわが家に侵入してきたのである。娘たちがいる間も彼らのトイレ使用は止まなかったのかも知れぬが、忙しさに気のつくヒマがなかった。

よく見ると明らかにそこは依然として公衆トイレとして使われている。地面に立てた小枝なぞなんの障壁にもなっていない。彼らからみれば、よいトイレの遮蔽かべができた感じなのだろう。
妻が、猫イラズならぬ犬猫よけのくすりがあるそうよ、と耳よりなことを聞きこんできた。さっそく近くのホームセンターに出かける。

いろいろあって迷うぐらいだ。説明書きを一通り読んでみる。驚いたことに、犬猫は自分の縄張りにしか排泄をしないのだという。自分の場所を示すのが自分の排泄物だそうだ。したがってわが家の前のトイレは公衆ではなく、特定の犬か猫かの専用トイレということになる。十分なスペースがあるので複数かも知れない。

まず既にイタしてある排泄物をかたづけよとある。そして脱臭剤を散布し、犬の臭覚をかく乱せよとのことだ。トイレを示す匂いを感じなければそのまま通りすぎるだろうという思想だ。これでダメなら犬が嫌う匂いの化学物質を散布するというのが決定版である。
成分表から判断すると、犬猫ばかりか人間様の気分が悪くなりそうな商品があり、選択にすっかり迷ってしまった。とりあえず聞いたような成分である木酢液がベースの商品を購入する。

家に帰って、シャベルで土の入れ替えをし、たっぷり液を撒いた。見るからに効きそうである。自分のモノが嗅ぎ分けられるならやってみろ!と自信満々になった。
妻に夕食を取りながら、ホームセンターで得てきた知識を十二分に伝授する。妻は犬猫ドクターになった私の話に感心の様子だ。もう大丈夫ね、と妻は言う。

そして今朝、そこにリッパなもの!が置かれているのが分かったとき、妻の私への信頼が一挙に崩れ落ちたのである。
環境にやさしいと謳う商品は、犬猫にもやさしく、効かないのは当然だな、と理屈の通らない釈明をする夫をせせら笑う妻であった。


2000年06月22日(木)

M君が、近くに来たからと突然たずねてきた。昨年の暮れ以来だから半年ぶりだ。
彼の父親が亡くなってから、わだかまりが溶けたように気楽に会えるようになった。昨年亡くなった父親とも、生前に十数年ぶりに会い、残っていた屈折した愛憎の心地よい風化をおたがい確認し合った。そんな二人の和解?も少しばかり利いているのかも知れない。

彼の父親と、そして一族との抗争の果て、我々は自立の道を歩むようになった。
お互い利害のぶつかり合いだから、この争いに是非の議論はなじまない。結論から言えば我々は負け犬となった。微力なのに後方援護のない戦いをしかけたことと、彼の父親への親愛感ともいうべき甘えが、私を優柔不断にしたことが敗因だったろうと分析している。私のそのメンタリティが今もなお弱点であると、ずっと一緒に歩いてきた口さがない同志からときどき指摘されるのである。

さて、M君の話によると、事業の相続は順調に行われ、個人名義の財産分与もほぼ完了しつつあるようだ。所有する会社は7,8社はあるはずだし、個人の資産もかなりのもののはずだ。もてる者の悩みだね、と言うしかない。

彼の社長ぶりも板についてきた。現状の収益の柱を崩さぬように、少数精鋭の体制づくりに精を出すという。無理はしない、と自然体だ。昔からの番頭連もリタイアしたり閑職になったり(したり?)で世代交代は進んでいる。

何かしたくならない?と煽るように尋ねてみた。42歳という年齢からすれば、新しいビジネス興してみたいよね?とさらに煽る。現在のビジネスを守ることは必須だが、いまの時代そればかりでは先細りになってしまうという脅迫観念は誰もがもつ。彼も例外ではない。
販売店をしているメーカーと一緒に東南アジアに出たいですね、と意外な答えだ。

そう言えば、彼の修業時代、私の当時勤めていた米国企業の、香港やタイで働いていたことがあった。研修ということで給料をくれなかった香港支社に、出張の折私は、父親の頼みで交渉したものだ。給与をもらうようになってそれから2年ほど勤めたはずだ。私の友人が当時、大手ゼネコンK組の香港駐在だったので、彼をつなげてあげた。そうした縁で彼は香港人の奥さんをもらうことになるのである。

2時間ばかりの楽しい語らいに、彼の周辺の昔の仲間の消息も出る。
そして、話せば話すほど私の時代が確実に去りつつある、と実感するばかりだ。
ついつい教師口調になってしまう私に、嫌な顔ひとつせずニコニコして聞いているM君はきっと、この人も歳を取ったな、と思いつつ頷いているに違いない。

ふと「老兵」という言葉が浮かんだ。
老兵は死なず、消え去るのみ、と言ったのはマッカーサー元帥だったかな?


2000年06月23日(金)

大学病院なるものに初めて罹ってみた。
病気のデパートのような私であるが、そうした大病院は恐れ多くて今までお近づきではなかった。私ごときのくだらない病で最先端の治療は医療費のムダ使いとの妻のご託宣も効いている。

大腸の内視鏡検査を久しぶりにしようと思い立って、昔やったことがある病院を訪ねたら、4年前に検査業務は止めましたと言う。医者が、お好きなところを紹介しますよと、3、4件職場の近くの病院を挙げた。結局義理立てをしてその医師の出身らしい大学の付属病院を選び、紹介状を書いてもらった。

デパートのごとき賑わいのその大学病院に最初から気おされた。朝早めに来たつもりなのにホール?はもう満員だ。初診の受付で紹介状はありますか?と言うから、もらったけれど紛失しましたと言ったら、2100円余計に払うことになった。

2階の内科の待合スペースに行ったら、これまた人の波だ。受け付けをすると、看護婦さんから、1時間半ほどお待ちいただきます、とのことだ。新聞を読んだり、周りの人物観察に時間をつぶす。結局呼ばれたのは2時間後だ。

血圧を測った担当の女医が、不整脈がありますね、血圧も高めのようですが、と告げる。普段は血圧は低めなんですが、興奮したらしくて、とわけのわからない弁解をする私。循環系は別の医師ですから、内視鏡検査の予約をしたあと診てもらって下さい、とほぼ命令だ。妻のような強いヒトだ。今日は日が悪かったのかもしれない。

別のところで検査日を決めて、また指示を仰ぎに戻る。そのあと室を出て今度は看護婦に検査前日と当日の細かい注意を聞く。学校を出たばかりのようで、説明がぎこちない。4回目ですから分かっていますと言ったら安心の様子だ。

循環系の医師の診察の前に心電図をとれと別の看護婦に指示される。今週の火曜日にも痛風病院でたしか心電図検査をした。検査結果をもって新たな医師を訪ねる。どうしました?と聞かれたので、胃腸担当の女医に行けと言われたので、と答える。不機嫌そうな顔をするので、自分の意思も添えなくてはと考え、自覚症状もあるんです、実は.................。と10年来の症状と5年前に超音波検査と24時間心電図をやったことを話す。ついでに時々胸苦しい時があると言う今日の心電図に異常はありませんがね、そうですね、また超音波と24時間とそれに運動負荷もやりましょう。予約していってください!とのご指示だ。それを聞いて一挙に不整脈が悪化した。

結局朝9時から昼の1時まで4時間、院内をウロウロした。いい運動になった。
会計は、ズラっと並ぶ事務の女性の手際はよく、清算書類を出して5分もかからなかったのは見事というしかない。

かくして私は、当社が属する保険組合の乏しいフトコロをさらに寂しくすることに貢献したのである。同志のみなさまスミマセン!


2000年06月26日(月)

雨の日曜日、手持ちぶさたで昼寝をしようとしていたら、工務店のSさんが訪ねてきた。
近くにリフォームの見積もりを持ってきたという。私の家もそろそろ外壁の塗り替えや防水のし直しの頃ですよ、とついでの営業だ。

もう八年目になるわが家は彼が担当で建ててもらった。その後彼は腎臓と糖尿と心臓を同時に患ったとかで、現場担当から営業に回された。もともとのんびりした人で、3つ頼めば必ず一つ忘れた人だから、数多くの下職のやりくりをする現場の責任者にはとうてい向かないと思っていた。わが家の建築中、たまりかねて私は依頼事項は必ずメモにして渡したものだ。それでも出来上がった家はまったく意図に反する個所がいくつかあった。

彼はボケているのではなく確信犯なのよ、と鋭い見方をする隣家の奥さんの言は説得力がある。隣家はわが家より半年ほど早い建築だ。旦那は大手ゼネコンの一級建築士で私の高校の後輩でもある。彼は設計の時に注文つけただけで、施工には一切口を出さなかったという。彼に理由を尋ねたら、「口を出し始めたらキリがありません。どうせ建て売りに近い家ですから多くは期待しても無理です。」とあっさりしている。プロはよくも悪くも現実を知りすぎているから反って口を挟まないのかも知れない。法外な要求をするのはいつも素人だ。そして見えないところで手抜きをされる。

S氏は、私達が妻の両親と同居をするかもしれないことは知っている。建てたあと不都合が多くて何回か修理を頼んだり、ベランダつき駐車場を増設した縁もあって家に来る機会が多かったからだ。時々はいい二所帯向きの敷地がありますよと不動産のセールスにも来る。売る気があるのかないのか、そんな感じの営業だ。

彼のスローペースはかったるいも住宅の営業には向いているにちがいない。目から鼻へ抜けるようなすばしっこさがないからなんとなく安心感を与える。それにひきかえこの工務店の社長は抜け目なさを絵に描いたような人だ。こんな人がわが社を経営してくれたら、もうちょっとはまともな会社になるに違いないといつも思う。中小企業経営のプロは市中に数多いるのである。

当社がスペインから左官材の輸入を始めた話をS氏にする。「中小工務店も大手ハウジングと差別化をしなければ生きていけませんからね、その材料面白いですね。」とまんざらでもなさそうだ。彼の会社は新しい集成材を軸組みに使った工法を始めてもいるらしい。現場経験もあるから話は通じる。いい気になって私は工法に関する俄仕立ての自説を彼に開陳する。妻もお茶を入れつつ、家ではめずらしい私の仕事の話に聞き耳を立てている。妻は私がスペインには仕事で行ったのがやっと分かったらしい。いくら言っても観光旅行と信じていた。

理想の家談義をして結局、今のこのわが家はいかにお粗末であるかという結論に至ったのは皮肉であった。S氏も苦笑の体だ。

帰り際、私と妻は彼に塗装とベランダの防水改修の見積もりを頼んだ。そんな雰囲気が自然にできていて墓穴を掘ったようだ。後から二人で、あの人は素晴らしい営業マンだわね、と顔を見合せたのである。もちろん「あんたも見習いなさいよ!」とのコメントが妻からあったのは言わずもがなである。


2000年06月27日(火)

先週末のNHKテレビで、アメリカの親業クラスが紹介されていた。ご覧になった方もおられると思う。身につまされてついつい私は最後まで見てしまった。私にとってこの時間帯はいつも推理ドラマの鑑賞に費やす。

親業クラスとは、自分の子供を虐待した親の矯正のための集まりのことだ。行きすぎた体罰が子供の心身を傷つける。そうした暴力行為を避けるため、一時的に親子を別離させ、その間、親を教育しようという目的だ。市の主導で、裁判所が別離の判定や復帰の許可をする。米国ではそうした法律の下地ができているのである。

経験豊かなカウンセラーが7、8人のクラスについていた。ロールプレーイングやそれぞれの親の内面史をさぐるなど心理学的アプローチを集団で行うのだ。そして最後に、暴力や体罰はしつけの方法としては最低のもので、話をよく聞いてホメてあげるのが一番という結論に導くのである。

指導される彼らも同様に親から虐待を受けてきたという事実はおどろく。自分と同じような思いを子供にさせたくないでしょう!というカウンセラーのアドバイスは説得力がある。誰だって自分の思いでしか他人の痛みは分からない。

体罰という名の子供虐待の暴走を止められなくなった親を、矯正しようとするカウンセリングは日本にもあるらしい。いろいろな精神療法も行われていると聞く。
その視点から見れば、こうしたアメリカの取り組みはどうと言うこともないのかも知れない。

ただ私は、子供の権利を一貫して主張する米国の思想に驚嘆するのである。親と子は別の人格であり、対等な人間同士であるとする。対等な人間が一方的に暴力をふるわれて良いはずはない。親権の前に個人の権利が存在する。子供が一緒に住みたくないと言えば、裁判所は同居を認めない、という徹底ぶりだ。こうしたドライな関係に体罰を認める余地はない。人はそれぞれ神との契約の下に存在する西洋人は、たとえ親子といっても他人なのであろうか。

米国でカウンセリングを勉強する上の娘は、卒業してもそのままかの国に残りたいという。カルチャーや思想そのものが異なる米国人にカウンセリングができるはずもないが、そうした異世界で苦労するだろうこれからの同胞のお役に、すこしでも立つはずと言うのである。私と妻は、娘の捻じ曲がった性格こそまっ先にセルフカウンセルしてほしいものと常に思うのだが。

子供への虐待は体罰だけでなく、言葉の暴力もはいるそうですから皆様くれぐれもお気をつけください。


2000年06月28日(水)

友人のH氏から会社に電話がかかってきた。「どこから?」と聞くと、松江だという。「仕事忙しくないの?」と、朝の慌ただしい時間にノンビリした電話をしてきた彼をとがめるような私の物言いだ。どこ吹く風の氏は、一方的に近況をレポートする。私も狎れたもので、メールを読みながら生返事だ。長い付き合いのなせるわざだ。

彼は8月の役員改選に再任されないことを嘆く。参与という役職になって、給料も3割カットだという。65歳の役員定年制があるとは知らなかったらしい。話が違うんだよねとやや憤慨している。大手道路会社の部長職から地方のコンサル会社に好条件で移ったのは定年前の59歳だった。死ぬまで役員をやれるような口ぶりだった。そんなおいしい話はあるはずはないのにと思ったが、口に出すほど野暮な私ではない。「技術士という資格があるから強いよね」と羨ましそうに言うしかなかった。

昔、商品の売りこみに行って知り合った。営業センスのない私をかわいそうに思ったのか、道路業界や技術や、さらには販売戦略を教授してくれた。もちろん素直な生徒ではない私と、ひんぱんに衝突したものだ。頑固さをお互いに認め合っている。そしていつ友情を壊しても、お互い何の損もないと信じている。自分の人生に影響を与える友人などそう何人もいるはずがない。かたわらの辞典かメモ帖程度の便利さしかない友がほとんどではないか?と思う私も、孤独で頑固な老人になりつつあるようだ。

いずれにしても、私の人生に大した接点がない友人との付き合いは気楽だ。彼の人生が楽しかろうと、苦しかろうとnot my businessだ。頻繁に電話がきたり、時々は訪ねてくる彼が、私にとって醒めた友であることは、考えてみれば奇異なことだ。本当は彼が嫌いなのではないか?と心に尋ねてもみる。気のない女の子に好意をもたれたようなものかな?とうぬぼれているのかも知れない。

彼が英会話を習いだしたことを告げる。技術士の腕を生かして開発途上国に技術指導を考えていると言う。昔、文章が上達するよう、2年間毎日、朝日新聞の天声人語を筆写した彼のことだから、一心不乱に学んでいるに違いない。そう、彼は努力の人なのである。そして何事も努力さえすれば手に入れることができると信じる楽天家でもある。そうして彼は確かに多くを手に入れてきた。

遺伝子と偶然が人生を支配することを経験で知ってきた私は結局、彼の単純な因果主義と楽観主義が気に入れないのかも。多分妻は、「怠け者は勤勉な人が嫌いなだけよ」、と言うにちがいないが。


2000年06月29日(木)

本コラムにたびたび登場する米国人の友D氏はなかなかの日本通だ。その知識の源は?と尋ねたら、新聞だという。日本語を読めない氏はもちろん英字新聞だ。
日本発刊の英字紙すべてを購読している。彼が持ち歩くアタッシュケースの中身のほとんどがそれら新聞だから熱心なものだ。

そんな彼だから、二人で話すときも話題に事欠かない。時には彼の方が精通している事件などがあって、恥ずかしい思いをするときもある。会う前には、すこし予備知識を充実させないと、一方的な聞き役にまわってしまうことになる。前日はNHKテレビのニュースを英語バージョンで聞いておくとすこしは役に立つ。
それでもボキャブラリーが追いつかないから、やはり聞き役となる。

先日、彼の友人がビジネスで日本にきたらしい。友人にとって初めての来日だ。
ビジネスの方はもちろん彼がいろいろアドバイスを与えた。友人は各種の忠告を聞いた後、彼に、「米国人が日本にきて一番カルチャーショックを受けることは何か?」、と尋ねたという。「どう答えたか分かるかい?」、とD氏は私に問うた。いくつか挙げてみたが、彼の答えは違っていたようだ。

「電車の中でカラダが触れても何も言わない日本人だよ。」、との意外な言だ。
「米国人なら例外なく、ソーリーとかエクスキューズミーとか言うよ。」と付け加える。来日当初、D氏はこれに衝撃を受けたという。礼儀正しく、時には慇懃過ぎるとも言える立ち居振舞いの日本人から考えられないマナーだと思ったらしい。

車内は常に混んでいて、他人に触れないで立っていることが不可能だから、マナーなんか言ってられないからね、と私は分析とも弁解ともつかぬ物言いだ。人口密度の高い国は、接触には鈍感になるのかもね、と付け加える。

D氏の分析は違う。これは団体主義と個人主義の違いではないかと言うのだ。米国はもちろん個人主義の国だから、自己と他者との峻別はきびしい。ドライな関係がお互いに決然としたマナーを要求する。それにはTPOはないのである。いかなる場所や時にも個人は失われない、と彼は主張する。

団体主義は全体としての統一と一種の様式美が基本だ。異端者ははじき出すのである。満員電車内で、他人に押しのけられたことを怒る方が異端者になってしまう日本には個人主義がないではないか、と彼のボルテージは上がるのである。

狭い空間で、他人に息がかからぬよう気を遣いつつ自分の位置を定める日本人が、他人との肉体の接触に鈍感なはずはない。米国人には信じられないラッシュアワーのスシ詰めが、口頭でのエクスキューズを無用化した単なるマナー省略形に過ぎない、と反論しようとしたが、これも皮相的過ぎると思い飲み込んでしまった。

いずれにしても、今回の選挙に見られるように、都会の労働者は、全国均等思想のツケを払っていることに不満を示している。都会では電車の中でさえ個人の主張はできないのである。
商売柄、公共事業縮減には全面的賛成とは言えず苦しい胸の内だ。


2000年06月30日(金)

6月も今日で終わりだ。きりがいいところでこのデイリーインプレッションも終わりにしたいと思う。スタートしたのは昨年の7月末だから、ほぼ11ヶ月続けたことになる。さすがに疲れてきた。

この間、好きな旅もひかえてきた。旅先でPCをたたくなどいただけないからだ。
ウィークデイの毎日、たとえ駄文でも書きつづけるのはけっこうホネだ。よくやったと、ひとがほめてくれないから自分でほめている。他人にきびしく自分に甘くが私の人生観だが、このコラムの維持は自分で引いた貧乏くじだ。甘くやりようがない。ストイックな生活が続いていた。

毎日書くようになると思考が深まらない。中途半端な物言いは隔靴掻痒の類だ。
微分で解かねばならぬ問題に、単なる加減乗除で対応するは所詮底が浅い。気ぜわしいコラムは百害あって一利なしと最近感ずるようになってきた。もうそろそろ止め時だなと思ったのである。

7月末までとも考えたが、どうせ単なる帳尻合わせだ。それまでの内容を予測すると、愕然たる思いにとらわれ、ただちに止めねばと、辛うじて残っている良心がささやいたのである。かくしてかくなったのでどうかご了解いただきたい。

終わるにあたり、すこし大げさに言えば万感の思いがある。ことさらその心をひもとく気はないが、等身大の自分をさらけ出した爽快感があることだけは告白したい。私ほどの年齢になれば、文章がどうのとか、教養がどうのとかあまり気にならないものだ。正直に等身大の自分を表現することに注力してきた。もちろん成功したかどうかは皆様のご判断を待つしかない。

メールマガジンの読者諸氏、コンプロネット定期訪問の業界諸氏、そして私の友人諸氏、ご継読とご忍耐に心から謝意を申し上げます。またそのうち形を変えて、私のつたないメッセージを差し上げることがあるやも知れません。その日までさようなら! See you someday.

PS:コンプロネットでは、皆様の匿名、実名での随筆、コラム、小説など募集しています。ご応募お待ちしています。


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