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■デイリーインプレッション:バックナンバー 2000/06/01〜2000/06/09
2000年06月[ /01日 /02日 /05日 /06日 /07日 /08日 /09日 ]

2000年06月01日(木)

「歯をみがく時は、鉛筆持つように歯ブラシを持てばいいんだって」と、妻が突然言い出した。新聞に書いてあったらしい。

50年以上続けてきた握り方をいまさら変えられるかと思いつつ、試しにそうしてみるか、と生返事で答えた。妻はいつだって自分の得た知識を私に強引に押し付ける。黙っていられない性分なのだ。まあ風通しの良い性格というべきだろうが。間違ってもうつ病にはなるまい。

こういうことだろうと試みたブラッシングの感触が良いのに驚いた。奥歯の根元や、前歯の裏側がスムーズに磨けるのである。強すぎず、歯肉との境目をやさしく万遍なくブラシすることができる。妻にさっそく報告する。私がすぐレポートとマメなのは、長年の妻の恐怖政治ならぬ恫喝教育のたまものだ。

「そうでしょう。年をとったら歯ぐきが大事なのよ」と、歯科医のごとくのたまった。お金以外信用しない妻は、実利のない教えは価値がない。その点今回の歯磨き法は、10万円拾ったくらい得した気分であったろう。

二人して2,3日続けたら異変?が起きた。肩が凝ってきたのだ。確かにやさしく歯ぐきをブラッシングして、傷めずしてプラークをこすり落とす気はするが、どうも腕や手首の無理な動きがあるようだ。馴れない筋肉の伸張がある。そして元の握りに戻すと実に軽やかな動きができる。

妻も同じ気配だが、鉛筆握りを元に戻そうとはしない。サロンパスを貼っても頑張りそうだ。妻は100歳まで自分の歯が目標だ。人間ドックでどこも悪いところがない(脳ドックに入ったことがないので肝心のところは不明だが)妻は、なぜ人間は死ぬの?の疑問の持ち主だ。医者があきれる、病気のデパートとも言うべき私は、生まれ落ちての欠陥人間という評価だ。たまたま新聞に、「人間の遺伝情報は5パーセントしか伝わらず、95パーセントは白紙で生まれる。そのほとんどが後天的に形成される」とする学者の言に、「そうだとしたら、あなたはよっぽど悪い生き方をしてきたのね」と一刀両断だ。かくいう幸せな人が身近にいるのである。知性で生きる人間の弱さが身にしみる!?

私はサロンパスのお世話になって続けることにした。そのうち老化した筋肉も根負けして馴れてくるにちがいない。ひとつくらい長年のやり方に逆らってみるのも面白かろう。おじさんも変われるんだ!というところを見せてやろう、鏡の中のくたびれた男に。キザで妖しげな手の動きは変身への挑発だ!

かくしてサロンパスを貼りつづけるのである。変身!それはハッカの香り。


2000年06月02日(金)

5月末に東証マザーズに上場したインターネット関連企業が、一般新聞でも取り上げられていた。クリック数保証広告の企業で、社長がニュージーランド人という意外性が強調されていた。
その日、当コンプロネット相棒の手島チャンとこれを肴に酒を呑んだ。

目もくらむような大金をつかんだ(だろう)その社長のジョニーとは、彼の苦闘時代に会った。と言ってもほんの3年ほど前だが。

彼は、レンタルサーバーの会社を、私の勤務する会社の英会話教師だったティムと共同で設立したばかりだった。事業が立ちあがりつつあり、ヒト、モノ、カネのいわゆる経営資源がそろわないときだ。不似合いなほど立派な部屋を借りていたが、フロアーに万年床の布団など敷かれ散らかり放題だった。プログラマーの同じニュージランド人が一人と、東大のアルバイト学生が一人だけの小さな所帯でもあった。

彼らの販売を手伝うこととし、コンピューターも購入し、それまで私と一緒に仕事をしていたT君が、その事務所に移っていったのはそれからすぐだ。このインターネットビジネスへの関与は、私のそれへの憧憬を現実的な夢に変える小さな一歩でもあった。

彼はこのビジネスを踏み台にして、米国のクリック保証広告会社との提携に成功する。結局、その米国企業の日本子会社を設立して転進するのであるが、米国資本、ベンチャーキャピタルと並び、彼も大株主の一人となったのである。

踏み台の企業は今、ティムが新しいビジネスモデルをひっさげて盛んにPR中だ。
先日は一般紙の派手な広告に驚いたばかりだ。彼も株式の上場公開を狙っているにちがいない。

現在の私はこのどちらのビジネスにも関係はない。彼らから見れば私は、リスクテイクできない臆病な経営者で、ベンチャースピリッツのかけらもないということになろうか。彼らの話を聞いていると、そういう自虐的な思いに囚われるのである。彼らのビジネス論理は理屈で分かっても、感覚がついていかない世界のひとつだろう。

地道なインターネット事業をしよう、と手島チャンと組んで一年は過ぎた。ウェブサイト運営ビジネスにしぼって、そのソフトもだいぶ蓄積できてきたように思う。クライアントもすこしづつだが増えている。

ジョニーやティムは評価しにくい人種?だ。バブルに咲いたあだ花のごとくやがて消えていくかもしれない。一攫千金を得た個人の成功と、公的な存在となった企業の評価には時間軸が要る。株価の下落や業績の悪化という試練はこれからなのだ。

もう私の年になれば、こうした一攫千金のクィックマネーはそう欲しくもないが、手島チャンは違うだろう、と酔いにまかせて尋ねてみたら、「じっくりやります!」とはぐらかされた。

成功の素は強い欲望である!、という言い古された箴言を、最近仙人の風格が出てきたこの若き友に贈ろう。いつか晴れの日が来ることを願って。


2000年06月05日(月)

生き残っていた最後の一匹が元気がない。金魚の話だ。
1年くらいのはかない付き合いに終わりそうだ。
上の娘が昨夏、米国より帰ってきたとき夏祭りで手に入れたものだった。今週末の娘の帰国まで金魚は頑張れるだろうか?

私の住む500所帯ばかりの小さな町では毎年夏祭りを行う。40年ほどの比較的新しい町だから、伝統も情緒もありはしないただのフェスティバルだ。
その頃、娘の米国人の友達が英会話教師となって日本に来たばかりであった。家に遊びにきて、祭りがあるのを知るとぜひ見たいと言う。そこで下の娘もさそって盆踊りたけなわの小さな集まりに参加したというわけだ。

俄仕立ての金魚すくいのアンちゃんが、陽気なヤンキー娘にタダでやらせてあげるよ、と気前のいいところを見せた。最初はこわごわやっていた米国娘も、和紙の玉網?の扱いに慣れて結局、金魚3匹の釣果だ。戦績のあるゲームやプレイが楽しいのは洋の東西を問わないらしい。彼女の派手な歓声は小さな祭りのスポットライトをこの場所に集約するかのごとくであった。

祭りで買った金魚が短命であることは公理のようなものだ。遺伝子が悪いのか、飼育する側の熱意の問題なのか、その辺定かではないが、宴のあとの醒めた現実というヤツだ。米国娘が育てられるとはとても思えぬから、予想通りわが家預かりとなった。妻の有難迷惑な思いと裏腹の、米国娘に向けたにこやかな笑顔は、今後の私への風当たりを予想させた。そと面とうち面の格差が大きいほど、私に当たるエネルギーが大きいことは、これも私にとって公理なのである。

予想はピタリと当たった。まず、エサやりや水替えの面倒さを毎朝嘆くのである。
私がそれを、毎朝ヤル!と言ったと、あの時の話に合わせた軽い冗談を、結婚不履行のように責めるのだ。一匹目が死んだとき、管理責任を問われると思ったのか、私は当事者じゃありません、と管轄権を問題にしたのである。

つい最近、一番大型が死んだ。腹が膨れてきて、子どもがいるみたいよ、この二匹カップルになっていたのね、と妻が言っていた矢先だった。喜んでいるのではなく気持ち悪がっていたのだ。底にたくさんの卵らしいものを見つけたとき、どうしたら良いのか本当に迷っていた。よきにはからえ、と些細なことは気にしない私だ。男はいつも大きなことを考えているのだ!
優柔不断で口ばっかりの亭主を当てにしない妻は、果敢に、死んだ金魚と一緒に卵らしきものを捨て去った。かわいそうじゃない、と夫は照れ隠しに言った。

米国娘は当初、異国でのカルチャーショックでノイローゼ気味だった。しかし一年という歳月が敏感な皮膚をタフにする。生活に溶け込むことは、伝統の祭りも日常のひとコマに変わり特別の感慨もなくなろう。米国にいる娘もまたいっそう米国人に近づいているにちがいない。

こうして、3匹の金魚の生死を通じて娘たちを思う感傷は年老いた証拠だろう。
そして、時間があまりにも早く過ぎていく。最後の金魚が死んだとき、妻は何を思うのだろうか?色即是空、空即是色。


2000年06月06日(火)

6月になって新入社員がそろそろ第一線に出る頃だ。
街を歩くと、黒いスーツを身につけた明らかにそれと分かる新人諸君に出会う。
即席で叩き込まれたビジネス百般がどこまで通用するのか不安顔の面々だ。
どこかで同じ新入社員を演じているはずの下の娘がついつい浮かんでくる。
これほど私は娘思いだとは知らなかった。娘はこれっぽちも父親を思うまい。

3ヶ月ぶりに床屋に行く。髪の毛が伸びすぎて首筋をチクチクと刺激していた。会社から買い物に出たついでに駅の近くの床屋に寄った。はじめてのところだ。いつもは家の近くの若夫婦でやっている床屋に通っている。たまには冒険が必要だ。
店には3人の理容師がいた。二人はすでにお客を抱え、若い一人が所在なげにじっと立っていた。見習いかと思ったくらい態度がぎこちなく自信なさそうに、どうぞこちらへ、と隅の席に案内した。

椅子に座り、彼が私の髪型の希望を聞いてハサミを動かし始めてすぐ、私は絶望の淵に突き落とされた。
全くの新人理容師に当たってしまったのだ!手は震えているし、櫛で髪を均一にすくえず何回もやり直す。その上私の頭にでも食いつきそうな必死の形相だ。これはエライことになった。どうか耳なぞ切り取らないでください、と心から祈ったものだ。

結局、その新米は私の頭と顔に傷をつけることを恐れて?か髪の毛の端をわずかばかりカットしたのち、軽くヒゲをあたった程度で終わらせてしまった。合わせ鏡をして、いかがですか?と言った顔が緊張していたこと。思わず、いいですよ、と返事をしてしまった。後から鏡でよくよく見たら、耳の脇には長いままの髪の毛が2、3本刈り残っているし、だいいち左右のもみ上げの長さがずいぶん違う。先に散髪をしていた同じような髪型のお客よりだいぶ早く終わってしまったのだからいいかげんさは分かろうというものだ。

当然、先輩の理容師の手直しがあると思っていた。新米にやらして後のケアがない客商売はないだろう。ところが、その新米、はい4千5百円いただきます!とあっさり言った。それもおどおどして。残りの二人の理容師が瞬間息を詰めたように感じた。このフリーの客はどういう反応するかな?とそっと見ている。

結局何も言わず金を払って出てきた。いつも行く床屋より800円も高かった。
この床屋は、新人に思い切ってやらせて自信をつけさせる教育方針だったのか。それともこの新人は仲間外れだったのだろうか?稽古台とあきらめた私は彼の役に立ったのか?いずれにしても私はバカだ!大金を払ったのだから文句くらい言え!

新人を第一線に出す時は当然お客に迷惑がかかることを想定しなければならないと、私も肝に銘じようと思ったのである。私だったらフリーの客は新人にやらせない!と後から床屋に一人いきまいたのである。床屋は良いことを教えてくれたと考えることにした。

家に帰って妻にいきさつを話したら、髪の毛が少ないから遠慮したんじゃないの、と新人を擁護する口振りであった。


2000年06月07日(水)

アメリカに進出しませんか?とK君が電話してきた。彼の話はいつだって突然だ。
K君は高田馬場でマッチショップを営む。あの火をつけるマッチの専門ショップだ。彼に言わせると、この種の店は日本はおろか世界でもここしかないそうである。マッチの本場(マッチ製造機械の元祖ということらしい)からも見学にやってきたというのが彼の自慢だ。ときどきテレビでも紹介される。なんとか沿線ブラリ旅というようなちょうちん番組(できレースの意)らしいが。

もちろんこの店のあがりだけでは彼と店番の女性は食べていけない。コンビニやファンシー雑貨の店に卸している。実用品というより趣味嗜好品と彼はマッチをカテゴライズするのである。お客は十代のギャルが圧倒的に多いそうだから、オヤジの私の理解を超える商品だ。

彼はもともと某大手マッチメーカーの次長であった。病嵩じて趣味と仕事が一緒になった、ことになっているが、本当のところは自分より若い上司の下で働くのが嫌になったからである。これは彼の実力のせいではなく、会社がある大手商社の傘下に入ったからだ。

相談に来たとき私は気楽に、そんな会社辞めてしまえ、と言った。
責任は取ってもらいます、ということで、出資もし役員にもなり保証人にもなっている。彼が私よりしたたかなのは誰もが認めている。そしてこうしたノスタルジック商品のサバイバルマーケティングのベテランであることは、彼の交遊範囲から十分推察できるのである。損益分岐の水平線をポカポカ浮かびつつ彼の会社はもう10年を超える。

昨年の夏ごろからインターネット販売を始めた。このところ毎月何十万かのレベルになったそうだ。まだビジネスといえるほどになっていないが、確かな手応えはあるらしい。

英語バージョンをつくれば世界に売れる。がマッチの場合デリバリーの問題がある。危険物となるらしいのだ。そこで米国にデリバリーのためのデポをつくりたいということだ。デポといっても個人住宅の一角で、小荷物発送だけの片手間仕事だ。が、本当のところは詳しい調査が要る。PL法もあるし。

私の娘がいま米国にいるのが彼は念頭にあるらしい。
今週末娘が家に帰ってきたら訊いておくよ、と言って電話を置いた。もし具体化するようでしたら出張費出しますから、との魅力的なオファーを心に残しながら。

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2000年06月08日(木)

私の妻はイヌ年でありながら犬が嫌いだ。たまに妹の飼う雑犬を預かることもあるから、心底嫌いでもなかろうとは思う。娘達が小さかったころ、家にも飼い犬がほしいと何回もねだったが、ぐうたらな大イヌ一匹でたくさんとまったく取り合わなかった。犬にされた私はニャーンとないて誤魔化した。

下の娘が今年の春家を出るとき、これから淋しくなるから犬でも飼ったらと、自分の存在の大きさを十分知ったアドバイスを与えてくれた。そんな心配するなら同居してくれればいいのに、という内心の叫びはもちろん言えない。なんせ物分かりのいい父だから。

私の家の前は20Mほどの幅のグリーンベルトになっている。間隔をおいてけやきの木が植えられていて、夏の暑さを吸収する緩衝帯ともなっている。ここに家を求めた最大の理由がこれだった。いまでもこれだけは満足だ。

このグリーンベルトが犬の散歩道となっていることはほほえましいことだった。
ところが、ちょうど私の家の前が犬のトイレになっていることが最近わかった。時折匂うなと感じていたが、まさか家の真ん前がかれらの公衆トイレとは気がつかなかった。妻に言わせると、ここを通るどんな犬もほぼ例外なくイタしていくそうだ。飼い主によってはブツを持ち帰るはおろか土もかけないらしい。妻は仕方なく始末することもあるらしい。

思い余って公衆トイレ移転お願いの意思表示をすることに決めた。このグリーンベルトは市有地で、あなたにそんな権限はないはずだ、と開き直られることも考えると、ここに犬の排泄禁止、と看板はだせない。

家の前は自由に植物など植えてもいいですよ、という非公式?な市の見解をたてに、背の低い雑木を植えることにしたのである。そして暫時養育中という意を込めて小枝で囲った。わが家の意思はこれで十分通じよう。
以来、毎朝と夕刻この小枝の垣根が倒れているかどうかが最大関心事となっている。

これはまちがいなくわが家のエゴだ。日々の糞尿の蓄積で公的化した犬の楽天地?を奪おうとしているのだから。さらに人様の土地での話だ。
妻は、もし家で犬を飼っていたらこんなことできないのよね、同じに人に迷惑をかけるわけだし、と理屈を言い出した。魂胆は分かっている。犬を飼うのは我慢しろ、ということだ。

おまえはイヌ年なのに心が痛まないのかい?と犬猿の仲にならないようそっとサル年の夫は皮肉を言ったのである。


2000年06月09日(金)

スペインの建設化学品メーカーの日本総代理店となって半年ほど過ぎた。
確たる戦果もないまま日にちばかりを数えているが、担当の社員は一所懸命である。身体は動かぬが、意気ばかり盛んで空回りの感がある張本人の私である。今の時代、果報は寝て待てと悠長なことは言っていられない。

ためしにスペイン壁の原料をワンコンテナー輸入した。ちょっとした物件とサンプルづくりに使う予定だ。置き場は、株式の少量持合いをしている仲間企業の工房の一部を借りることにした。身内のようなものだから無理がきく。

暑い日の一昨日、勉強をかねてそこで仲間内の試験施工会を催した。総勢20名ほどの楽しい会だった。工房を提供した会社のほか、栃木県で公園施設の施工をメインとする同様の仲間企業が社員の左官屋を引き連れて参加してくれた。その社長のY氏とは久しぶりに会う。仕事の縁は時々あるようであるが私が関係することはない。彼は、今年でちょうど40歳になりました、と誇らしげに言った。

彼がサラリーマンをしていて、独立したいと言ってきたのは20代の後半だった。
出資をし、当社の営業所のような扱いで若干の固定費を負担したのが最初だった。
時代の後押しもあったが、持ち前の営業力で近辺の公共工事に食い込んでいったのは期待以上であった。近々、事務所と工場も広いところに移転することになっている。しばらく見ないうちにエネルギッシュな壮年経営者の顔になっていた。

マッチショップのK氏、工房の持ち主のS氏、このY氏、さらに仙台のS氏など、彼らは脱サラ起業時なぜか私に近づいてきた。仕事の縁や彼ら自身のタイミングの偶然もあったろう。私は必ずしも積極的にさそったわけではない。

私の能力とか資金力とか魅力とかが背景にあったとは思えない。むしろそうしたものがないことの方が断言できる。その証拠に、この15年ほど振りかえって、私は彼らのビジネスにほとんど関与していないし、影響を与えたことは皆無だ。

言うならば、ただ彼らのスタート時にそばにいただけなのである。
当初の出資は、私の勤務する会社の株式に代替し、貸した資金は返却してもらった。そして現在、みんな対等になっている。

私は典型的なサラリーマン気質だと思う。勤め人を20年もしたせいかそれが身体から抜けない。だから先の脱サラ諸氏が安心するのだと思う。こんな男が起業をしたのだから、俺にだってできるはずだと考えるのではないだろうか。孫正義やビルゲーツは恐れ多いのである。誰だって卑近な例を現実的な判断基準とする。

それと、抜け目のない男は避けるのが人情だ。せっかくの戦果を横取りされたらたまったものではない。横取りこそ恥、の美学を信奉する私だ。マネ下電気!は今もって好きになれない。技術の国産化一号が旗印だった昔の日立が好きだ。

かくして私の人生スタイルや性向をご理解いただけたと思う。
人生の成功失敗を私に依存している妻は、かく言う私の半生をひとことで総括するのである。「お金に縁のない人生ね!」と。


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